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あの日の真実
モーリーンの自宅であるシュレイバー公爵家に向かったのはそれから2日後のことだ。
すぐに会う約束をとりつけたアンジェリカは、この日の前に数人の令嬢にも手紙をだしていた。モーリーンの手紙にあったことの確認をとりたかったのだが、返事はまだない。早馬で届けてもらったので送った翌日には届くはずなのに。
数週間前のお茶会ではみんな普通だったのに。
手を回されたのは最近ということなのだろうか。それとも前から犯人側に回っていて、それを悟られないように振舞っていたのか。
それを確かめる時間はもうない。悔しさに歯噛みしながらも、とりあえず目の前のことに集中しようとアンジェリカは顔を上げた。
赤茶色のレンガの壁に青い屋根の美しい屋敷の敷地は広く、手入れも完璧に行き届いている。
シュレイバー公爵の屋敷に着くと、すぐに中に招き入れられた。
「ようこそアンジェリカ嬢、お待ちしていたわ」
ゆったりと現れたモーリーンにアンジェリカは挨拶の礼をする。
「この度はお招きいただきありがとうございます」
犯人がモーリーンだろうがそうでなかろうが、位が上のモーリーンに失礼があってはならない。
「こちらへどうぞ。わたくしの部屋で話をしましょう」
少しだけ硬さというか冷たさを感じる声音と表情はアンジェリカを疑いの目で見ているからなのだろうか。心なしか視線もあまり合わない。
社交の場でモーリーンの姿を見かけて挨拶をすることは何度かあったが、アンジェリカはモーリーンが楽しげに笑うところを見たことがなかった。
そういう性格なのかしら。彼女は公爵家に相応しい気品と落ち着きをもつ淑女であると聞いたことがあるけれど。
そんな彼女だからこそ、もし犯人であった場合、動機がわからない。
噂のとおりの気高い女性であるなら、正々堂々とアンジェリカと競い合うはず。陰湿なやり口でアンジェリカを貶めるようなやり方は嫌うと思うのだが。
「ねえ、アンジェリカ嬢。先にひとつだけ聞いてもいいかしら」
長い階段を上りながらモーリーンが口を開いた。
手紙の話題とは別のことを聞かれるのだろうか。内心で構えながらもアンジェリカはいつも通りを心掛けた。
「はい、もちろん構いませんわ」
「貴女はエリック様の婚約者になりたい?」
件の話しとは近からずも遠からずな質問だが、アンジェリカはすぐに「はい」と頷いた。
「それはどうして?」
「わたくしの夢を叶えるためです」
「夢……?」
「はい。エリック様の婚約者になり妃となった暁には、より強い権力が手に入ります。そうすれば、今よりもさらに国を豊かにするための活動ができますでしょう?
わたくしはこの国を今よりもさらに豊かにしたいのです。そのためには国民の生活水準を上げてより幸せになってもらう必要があります。
そして職を与え、人口を増やせば税収も上がり、わたくし達貴族が潤うだけではなく、国内の整備が行き届いていない地域を発展させることもできます。
ただ、それをするためには貴族同士がもっと力をあわせなければいけません。
貴族を纏めるためには権力は必要不可欠です。エリック様の妃となれば、それが叶うのです。
あとはあらゆる手段を用いてわたくしが奔走致しますわ。国王陛下やエリック様のお手はわずらわせません」
想像するだけで胸が躍る。
「そうなった際には、ぜひともモーリーン様にも協力をお願いしたいですわ。たくさんのご令嬢から尊敬されるモーリーン公爵令嬢様が手伝ってくださるのならより円滑に物事を進められますもの」
「そう」
聞いてきたわりにはあまりに素っ気ない返事だ。思わずアンジェリカはきょとんと目を丸くした。
「モーリーン公爵令嬢様は、夢がおありですか?」
モーリーンが階段を上り終えたタイミングで質問を返す。聞かれたのだから聞き返すのが礼儀だと思ってのことだったが、モーリーンは立ち止まり俯いた。
聞かれては嫌な事だったのかしら。
「モーリーン公爵令嬢様?」
あと数段で登りきるところで足を止め、覗き見るようにモーリーンの様子を伺う。
「どうされました?」
「貴女といると、酷く惨めな気持ちになる」
「え?」
ボソリと呟かれた言葉が聞き取れず、1歩近づこうとしたときだった。
少しだけ近づいたつもりが、くるりとこちらを向いたモーリーンがすぐ目の前にきた。
「っ?!」
ぶつかると思ったが、モーリーンはアンジェリカのすぐ横を通り過ぎて行った。
なにが起きたかわからなかった。
ドタンドタンと大きな音がして、ハッとして階段下を見下ろすと、上にいたはずのモーリーンが階段の踊り場で仰向けに横たわっていたのだ。
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