父親の嘆き

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父親の嘆き

「なんでなの……」  薄いボロ布のような服に着替えさせられ、寒さで震える体をきつく抱き締めた。    翌日の深夜、アンジェリカのもとへ報せを聞いた父親が訪れた。  一見して誰かわからないように変装をしフード付きのローブを着ているところを見ると、誰かの手引きで秘密裏に訪れたに違いない。 「アンジェリカ、大丈夫か」 「……お父様」  声が響かないように声を落とし、鉄格子に駆け寄る。 「すまない、念の為にと警戒はしていたが、事前に情報を掴むことができなかった。おまえの無罪を証明するために手を貸すと名乗り出てくれた者もいたが……」  アンジェリカの父親――アンソニーは、鉄格子を掴むアンジェリカの手に優しく手を重ね、顔をくしゃりと歪ませた。  その顔には疲労が見られた。きっと寝ずにアンジェリカを救い出すために奔走してくれたのだろう。  迷いもせず娘の無実を信じてくれている父親の深い愛情にアンジェリカは胸を痛めた。 「いいのよお父様。きっともう何をしても遅いわ」  行動を起こそうとしてくれたことに感謝をし、アンジェリカは気丈に微笑みかける。 「ねぇお父様、お願いがあるの」 「なんだい」  娘を安心させようと懸命に笑みをつくろうとする父親の優しさに、せめて犯人を恨んで報復したりしないようにとアンジェリカはいつものように微笑みかえした。 「もうなにもしないでください。そして、罪を犯すような娘はデイヴィス伯爵家の一員ではないと、わたくしを伯爵家から除籍してください」 「アンジェリカ……!」 「お父様がここへ来たこともきっとバレてしまうわ。だから、戻ったらすぐに動いてほしいの。わたくしに殺意があったと、罪人であると触れ回ってちょうだい」   「……っ!」  そんなことはない。おまえは無実じゃないか。大丈夫、最後までおまえを守るために戦い抜いてやる。  アンソニーは喉まででかかった言葉を飲み込んだ。  アンジェリカが言い出したことの意味を痛いほど理解していたからだ。  状況は既に覆せないほどだ。敵と味方の区別をつけるだけの時間も足りない。やっていないことの証明も難しければ、相手も悪すぎる。  アンジェリカの無実を証明するということは、公爵家と全面的にぶつかるということ。既に他の貴族への手回しは済んでいると思われる中で戦うのは、死地に赴くも同然。  アンジェリカだけではなく、デイヴィス家が破滅してしまう。  そうならないためにも、こういうことの決断は早いほうがいい。 「……ジェーンの社交界デビューを台無しにしてしまったわね」  ジェーンとは、アンジェリカの5つ年下の妹だ。再来年に社交界デビューの予定だったが、アンジェリカの件が足枷になるだろう。  アンジェリカには2人の兄と2人の妹がいる。兄達は既婚者だが、妹達は未婚だ。家族の幸せな未来の邪魔をしてはいけない。一刻も早く断罪されなければ。 「……すまない、アンジェリカ」  最愛の娘を守ってやれない悔しさに、酷なことを言わせてしまったことに、アンソニーの目から涙が溢れる。  娘を守ってやれないばかりか、悪人に仕立てあげなければならない。こんなに愛しいわが子を。   「アンジェリカ、おまえは誰よりも美しく聡明で気高い子だ。おまえが長男であればおまえに家督を継がせていただろう」 「まあ、嬉しいわ、お父様」  今この場に必要なのは謝罪ではない。こうして会えるのもきっとこれが最後になるだろう。  だから、アンジェリカのように、別れは笑顔で。 「忘れるな。誰がなんと言おうとおまえは私の自慢の娘だ。愛しているよ、私の天使」  アンジェリカの名前の由来は“天使”だ。  初の女児に舞い上がり、抱き上げた瞬間のその可愛さに胸を撃ち抜かれたアンソニーが名付けた。  アンジェリカはその名の通り、天使の如く美しく慈悲深い淑女に育った。アンソニーの宝だ。  久しぶりに呼ばれた名に、アンジェリカは懐かしむように目を細めた。鉄格子越しに、2人は額をあわせた。 「ええ、わたくしもよ、お父様。愛してる。みんなにも伝えてね」  アンソニーは娘の穏やかな笑みに頷くと、さっと踵を返した。これ以上笑みを保つのが限界だった。  大声で泣き喚こうが、手当たり次第に怒りをぶちまけようが、娘は、アンジェリカは救われない。  神よ、一体娘が何をしたと言うんです。どうか、我々を見守って下さっているのなら、これ以上の屈辱を娘に与えないでください。  
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