これは罰

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これは罰

 父親が見えなくなるまで鉄格子の隙間から見送っていたアンジェリカは、バタンと扉が閉まる音が聞こえると力が抜けたようにその場にへたりこんだ。 「……っ」  ぽろりと涙が零れる。アンジェリカも限界だった。  家族の顔が頭をよぎる。  みんな、大好きよ。  顔を両手で覆い、声が漏れないように唇を噛み締めて肩を震わせた。    数日後、モーリーンが主催するパーティーでモーリーンが受け取った菓子のプレゼントに毒が混ぜられるという事件がおこった。  モーリーンは中身の確認だけをすると、労うために侍女に渡した。それを食べた侍女が死んだというのだ。  アンジェリカのもとに父親のアンソニーが訪れたことを知ったモーリーンは、アンジェリカが父親を使って毒を盛るように指示したことにするつもりなのだろう。  どうやらモーリーンはアンジェリカを悪女に仕立てあげたいようだ。  それならば、望み通りに振る舞うだけ。   「――まあ、モーリーン公爵令嬢様はお食べにはならなかったのね。残念だわ。協力者がいるというのならお探しになったらどう? きっともう、この国にはいないでしょうけれどね」  事実確認に来た騎士に、ベッドに腰掛け宙を見つめたままこたえる。  昨夜訪れたのは父親ではなく、父親が向かわせたデイヴィス家の使用人。  アンジェリカは自分に想いを寄せる使用人の気持ちを利用し、モーリーンに復讐すべく毒殺を頼み込んだ。  使用人は伯爵家から金品を盗み国外へ逃亡。行方はわからない。  きっとアンソニーならそういう筋書きを立てるだろう。その報せがきたときには家は見張られていて使用人を逃がすのは困難だったはずだが、商才と讃えられるアンソニーなら上手くやっただろう。  そしてその筋書きを真実に近づけるため、使用人の誰かに金目の物を十分に渡して秘密裏に国外へ逃がすはずだ。  そう考え、父親の供述と異なる点がでてしまっては困るので多くは語らず、アンジェリカはやってもいない罪を受け入れた。  数十日後、アンジェリカは法廷に立った。  アンジェリカが罪を認めたことで意見が纏まるのははやかったはず。 「――数人の貴族令嬢に対する執拗な迷惑行為と脅迫、及びシュレイバー公爵家の子女にして第一王子の婚約者候補であるモニーク・シュレイバー嬢に対する傷害、殺人未遂の罪で、アンジェリカ・デイヴィスを追放刑に処す」  厳かに告げられた判決に狼狽えもせず、空色の目をまっすぐ前に向けていたアンジェリカに野次が飛ぶ。  見上げた先には、特等席で観覧しているモーリーンの姿があった。その横にはモーリーンを気遣うようにして肩に手を回しているエリックがいた。  その手に手を重ね、エリックの肩に頭を預けているモーリーンの穏やかな表情をみてやっと理解した。  ――そう、モーリーン公爵令嬢様は、エリック様に恋をしていたのね。  想い人の話に頬を緩ませ、それはそれは愛おしげに語る令嬢たちと同じ顔をしていた。  恋の経験はアンジェリカにはないが、恋によって身を滅ぼした者たちの話は社交界でよく耳にした。  自分は添い遂げたいと切望しているのに、その相手を想うどころか自分の夢の踏み台としか思っていないような発言をされれば怒りを覚えるのも納得できる。  モーリーン公爵令嬢様が犯人だとすると、わたくしの世界を変えるという夢が彼女を狂わせてしまったということになるわ。  アンジェリカは愕然とした。  人々の心を豊かにするどころか、不幸にさせてしまっているではないか。  犯人がモーリーンではなく他の誰かだとしても、アンジェリカではなくモーリーンが婚約者になるほうが都合がいいのでそうしたはずで。  わたくしは、夢をみてはいけなかったの?  そのためだけに生きてきたわたくしの努力は、無意味どころか迷惑だったということ?  まるでわたくしはこの世界に必要のない存在みたい。  アンジェリカが国を豊かにするために動くことに反発する者は少なからず出てくるだろうとは思っていた。  けれども、排除したいほどとは思いもしなかった。考えが甘かったのだ。      全てはわたくしが招いたこと。  自分なら夢を叶えられると思った。アンジェリカを取り囲む世界が常に優しいものだったから。  今思えば、周囲への感謝が足りなかったかもしれない。  他人を駒のように扱っていたかもしれない。  考えれば考えるほど自分が周囲に酷いことをしてきたかのように思えてならなかった。  自分の夢が相手の幸せになるかなんていちいち確認をしたこともなかった。    これは、ただの人の身で大それた夢を見て驕り高ぶっていた自分への罰なのだろう。
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