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思い通りになるものか
あの日の憤り、怒り、悲しみ、苦しみはこの体に深く刻まれている。
あの事件はもう過去の話。けれども、アンジェリカは今もなお罪人のまま、あの日を背負っているのだ。
それを分かっているはずなのに、傷口を抉るようなエリックの言葉に魂が怒りに震える。
「それを聞いてどうされたいのです? それよりも、わたくしを呼んだ理由を教えてくださいませ」
謝罪も、アンジェリカが口を閉ざして罪人になった理由も、エリックを罪悪感から解放し心を満たすだけの材料にしかならない。そのためだけに呼ばれたのなら、これ以上の冒涜はないだろう。
アンジェリカの気持ちを誰よりも理解している愛珠だ。彼女の勇気を嗤う者は誰であろうと許さない。
そんなアンジェリカの怒りを察したエリックは降参するように両手をあげて苦笑した。
「すまない、きみを怒らせるつもりはなかったんだ。そんな顔をしないでおくれ」
その悪びれもない態度も気に入らない。アンジェリカの記憶を辿るが、エリックはこんな人間だっただろうか。
「実はね、きみに帰ってきてもらいたいんだ。そして我が国の魔導士として、一緒に国を守ってもらいたい」
帰ってきてもらいたい?
追い出したのはそちらのくせに、よくもまあ言えたものだ。
「1度は排除したものの、使える駒として蘇ったわたくしを利用したいのですね」
「そんな言い方をしなくてもいいじゃないか。国外追放を命じた我々が言うセリフじゃないのは十分承知しているさ。もちろんタダで戻ってこいなんて言うつもりはないよ」
立ち上がったエリックはアンジェリカの右側へ回り込むと跪き、そっと包み込むようにアンジェリカの右手を持ち上げた。
「この焼印を消してあげるよ。そうすれば国内にいるきみの家族の待遇も良くなる。どう?」
柔らかく微笑み焼印をそっと撫でるエリックの手を振り払い、勢いをつけてアンジェリカは立ち上がった。
「結構ですわ」
アンジェリカは迷いもなくキッパリと告げた。
その返答のはやさにエリックは目を丸くする。
「現在わたくしの家族がどのような状況なのかは知りませんが、生きているのなら問題ありませんわ。わたくしの家族はどんな窮地であっても乗り越えられますもの」
彼らの強さを誰よりもよくわかっている。
彼らは口を揃えて言うだろう。“決して帰ってくるな”と。
国に帰ったところで搾取されるだけなのは目に見えている。誰が好き好んで鎖に繋がれた犬に成り下がりたいというのだろう。
「これも消していただかなくて結構です。今のままで十分ですわ」
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