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エリックの素顔
「……そう。わかったよ」
以前のような周囲の景色を明るく塗りつぶすほどの雰囲気はないが、芯のある強い眼差しは変わらない。エリックは眩しげに目を細めて立ち上がった。
「たしかにきみの言うとおり、デイヴィス家は没落することなく存続しているよ。たったの2年で信用を取り戻しつつあるきみの父親の手腕は見事なものだ」
それを聞き、アンジェリカは内心ほっと胸を撫で下ろした。
みんな元気なのね。良かった。
安堵するアンジェリカを見つつ、エリックは、ふむ、と言って腕を組んだ。
「でもそうか、困ったな」
考えるように顎に手をあて、悩ましげに眉を下げる。
「きみのペットといえばいいのか、相棒といえばいいのか……あのブラックドラゴンはすでに運び出してしまったよ」
エリックがなんと言ったのか、アンジェリカはすぐに理解できなかった。
オニキスを運び出した?
「すまない、断られるとは思っていなかったんだ」
悪びれもなくへらりと笑うエリックにアンジェリカは目尻をつりあげた。
「オニキスになにをしたの!」
頭に血が上りすぎて唇が震える。
合図をおくらない限りは降りてこないはずのオニキスを捕まえるなら撃ち落とすくらいの強硬手段をとらないといけないだろう。
アンジェリカの怒声と今にもエリックに飛びかかりそうな表情にドア口で控えていた騎士が素早く動いてアンジェリカの腕を掴んで拘束する。
「ドラゴンの血を使ったんだよ。鮮度が損なわれないように国で大事に保管していたものなんだけれどね、それでおびき寄せたんだ」
滅多に嗅ぐことのない匂いに好奇心を刺激され、オニキスが様子を見に下りてくることは有り得るかもしれない。
けれど、捕獲するとなれば弱らせる必要があったはず。まだ幼体とはいえ、戦闘になれているドラゴンを相手にするのなら数人がかりで挑んだはずだ。
「どうやって捕まえたんですか」
「さあ、そこまでは報告されていない」
ギラギラと怒りに燃える目を真っ向から受け止めるエリックは、飄々と微笑んでいる。この場で滅してやろうか。
「ちょっとでも傷がついていたら絶対に許さない」
動きを抑えられていなければ顔面を殴りつけていただろう。殺気を滲ませ睨みつけると、ふいにエリックがにたりと笑った。
「ああ……アンジェリカ。きみのその顔、とても良いよ」
艶然とした笑みにぞくりと背筋に悪寒が走る。エリックはゆっくりと近づくと、アンジェリカの顎に指をかけて仰向かせた。
「やっと見せてくれたね」
ほうっと見蕩れるように顔をとろかせるエリックにゾッと鳥肌がたった。この人はなにを言っているのか。
「その怒りに歪んだ顔をみるためだけに私がどれだけ手を回したか」
「なにを仰っているのです」
得体の知れないものを見る目で怯んでいるアンジェリカに、エリックは、おっと、と呟いた。
「余計なことを言ってしまった。でもまあ、今更か」
空いている手でするりとアンジェリカの頬を撫でるエリック。
「ねえアンジェリカ、きみの国外追放に私も加担していたと言ったら、どう思う?」
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