エリックとモーリーン

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エリックとモーリーン

 エリックは自分の執務室に戻ってくると、モーリーンがやってくることを見越して人払いをした。    さて、モーリーンはどんな顔でやってくるだろう。  モーリーンが自分を訪ねて来ていることは知っていた。だからわざと待たせ、アンジェリカと会っているところを目撃させたのだ。  ないとは思うが、念のために王宮に仕える白魔道士に防御力を高める魔法をかけさせた。  ナイフで刺されたとしても、モーリーン程度の力であればかすり傷にもならないだろう。  そうされてもおかしくない仕打ちをモーリーンに対して行っている自覚はあるが、やめるつもりはない。  まだまだ足りないんだよ、モーリーン。もっと狂って私好みになってくれないと。  小さく笑いをこぼし、未開封だった手紙の確認をしつつモーリーンの登場を待つ。  しばらくして、ドアの前で人の話し声が聞こえた。顔を上げるのと同じタイミングで近衛兵の男が来客を告げた。 「通してくれ」  そう伝えると、入れ替わりでモーリーンが中へ入ってきた。室内には2人きり。  どんな顔でここまでやってきたのかすぐにでも確認したいところだが、ぐっと我慢してモーリーンが喋りだすまで沈黙を貫く。  婚約者である自分が来たというのに顔も上げないエリックにモーリーンは悲しげに顔を歪めた。沈黙に耐えかねて口を開く。 「あの女をどうするおつもりですか」  やっとの思いで絞り出した声は震えていた。 「あの女の焼印を消すと聞きました。それをしてなにをするつもりなのですか」  限界まで目に溜まった涙がポロリと落ちる。  ああ、違うよモーリーン。わたしが見たいのはそういう顔ではない。  紙面から顔を上げると、今にも泣きだしてしまいそうないたいけな令嬢の姿があった。  なんとも可哀想で加虐心を煽られる顔ではあるが、求めていたのは、今にも壊れてしまいそうな弱々しい顔ではない。  落胆のあまりため息をこぼせば、モーリーンはびくりと怯むように体を揺らした。 「なにを言いだすかと思えば、そんなこととはね」 「そんなこととはなんですか! あの女の焼印が消えるということは、あの女がわたくしにしたこと全てが許されてしまうということなのですよ?!」  必死に言い募る姿にもうんざりとする。    許されるもなにも、アンジェリカは最初からなにもしていないじゃないか。きみが悪人に仕立てあげたんだから。  そう思うも、それは口にはしない。  アンジェリカには反応が気になったので伝えたが、エリックはシュレイバー親子の犯行をより確実なものになるようにこっそりと後押しした。  なのでモーリーン達がアンジェリカを陥れるためになにをしたのか全てを把握している。 「焼印がなくなってもアンジェリカは社交界には出させないよ。罪を犯したという事実は焼印が消えたところでなくならない。そうだろう?」 「それは……そのとおりです……。ですが、わたくしが聞きたいのはそういうことではないのです」 「一体なにが聞きたいと言うんだい、モーリーン。私の仕事を邪魔してまで聞き出したいことなのかな、それは。伝えたはずだよね、用事が済んだら迎えに行くからゆっくりお茶でもして待っていてくれと」  わざとイラついた態度をとって立ち上がると、モーリーンは目を見開いて唇を噛み締めた。頬を伝う涙がドレスに落ちて染みをつくっていく。  言いたいことはわかっているさ。  けれどそれを汲み取ってしまえば、モーリーンは自分に甘えをみせるようになるだろう。そうなってしまってはつまらない。 「はやく要件を言ってくれないか」  呆れを滲ませ突き放すように言うと、モーリーンは顔を俯かせた。  ……そろそろ限界かな。  アンジェリカの警備を強化しているせいでモーリーンはアンジェリカに手出しできない。なにもできないように先回りして手を打ったのだ。当然、モーリーンの父親のシュレイバー公爵にも、だ。  今のモーリーンにできることはなにもない。その焦りに駆られてエリックに救いを求めに来たのだろう。      
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