373人が本棚に入れています
本棚に追加
エリックの思惑
自殺でもされては困るからな。このあたりで繋ぎとめておくべきか。
モーリーンを妃として受け入れることに抵抗はないが、あまりにも彼女は平凡すぎた。
品行方正でお手本のような令嬢だったモーリーンは、はっきり言ってつまらない女だ。
それが、アンジェリカという真逆の存在が現れ豹変した。その変化はエリックにとっては好ましいものだった。
アンジェリカがいれば、彼女はずっと醜い感情を抱き続ける。モーリーンは地獄にいてこそ輝くのだ。決して幸せになどさせない。
「あの女を……伴侶にするおつもりなのですか……」
そうだねモーリーン、きみはずっとそれを危惧していた。きみはずっと私の隣に立ちたかったんだものね。
「なぜそのように思うんだ? アンジェリカが私の伴侶ではいけないかい?」
表情を消して問いかける。
顔を歪ませ、ドレスの布をギュッと握りしめているモーリーンの手が震えている。
ああ……突き放したい。絶望して力なく座り込む姿を眺めたい。
湧き上がる欲望にゾクゾクと興奮しつつ、でもそれはいけない、と己を戒める。
絶望させるのはまだはやい。失ってしまっては長く楽しめないから。
地獄に落ちてもらうには、幸福を味あわさなければいけない。きっとそれは今なのだろう。
「嫌です……あの女が……っ、エリック様の隣に立つなんて……! 婚約者はわたくしなのに!」
遂に泣きじゃくりはじめたモーリーンを内心では冷めた目で見つつ、エリックはゆっくり近づくとモーリーンを優しく抱きしめた。
「エリック……さま……」
腕の中のモーリーンが体を強ばらせた。
「すまない、モーリーン。そんなふうに泣かせたかったわけではないんだ。忙しさのあまり気がたっていた。謝るよ」
背を撫でてやれば、モーリーンはおずおずとエリックの背に腕を上げ回した。
「アンジェリカに関するすべてのことは父の……国王陛下からの命令なんだ。大丈夫、私の隣に立つのはきみさ。不安に思うことなどなにもないんだよ」
なだめるような優しい声に、モーリーンは安堵と嬉しさのあまり顔をくしゃくしゃに歪めてエリックに縋りついた。
「エリック様……!」
なんて面白みのない反応。反吐が出る。
「思えば婚約者らしいことはなにひとつしてあげられていなかったね」
だが、これも後の楽しみのためだ。
エリックはモーリーンの頬に手を添えて上向かせた。真っ赤に充血した目がまっすぐにこちらを見あげてくる。
安心が伺えるその顔を見て、エリックはにこりと笑った。
「モーリーン、もっと触れてもいいかい?」
艶めかしい視線をおくると、モーリーンはその言葉の意味に気がついて恥ずかしそうに眼を泳がせた。
「い、いけません……初夜の儀までは待たないと……」
結婚をして初めて2人で迎える夜を過ごし、その翌朝には2人が肉体でも繋がりをもったことを表明しなければならない。それが王家のしきたりだ。
つまり、それまでモーリーンは処女でいなければならない。
「大丈夫さ。私はわかっているし、夜の間は見張りがいるわけでもない。そのときは私がなんとかするよ」
にこりと笑うエリックは、余裕があり頼りがいのある男に見えたことだろう。
きみのかわりにアンジェリカに血を流してもらうなんてどうだろう? きっときみは壊れてしまうね、モーリーン。
アンジェリカが純血のままであることは、こちらに連れ戻してから神殿で確認済みだ。
きみは狂ったような悲鳴をあげて泣き叫んでくれるに違いない。夫婦の一生に一度の夜、きみを抱いたあとにきみがこの世で1番嫌う女を抱くんだ。
「お願いだモーリーン……きみがほしい」
愛おしげに見つめて名前を呼ぶ。モーリーンの目にはエリック以外のものは映っていない。
「エリック様……」
さきほどまで悲しみのどん底にいたはずのモーリーンは、夢にまでみたエリックの腕の中の居心地に頬を上気させて胸を高鳴らせた。
その乙女のような顔にゆっくりと顔を近づけ、唇を合わせる。
鼻から抜けるような甘い声を聞きながら、エリックはそう遠くはない未来に思いを馳せる。
ああ、わたしのお気に入りの2人の絶望の顔を見られる日が待ち遠しい。
最初のコメントを投稿しよう!