クリスの決意

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クリスの決意

 騎士に連れられてトライヴス城にやってきたウォルターは、会議室に集まる国の重鎮達の前でアンジェリカがサンプトゥン国へ連れて行かれたことを素直に話した。 「サンプトゥンめ……我が国でいいように動きおって」  一枚岩でできた長机の上座に座るトライヴスの王は、両肘をテーブルにつき組み合わせた手に隠れた口で忌々しげに吐き捨てた。その額にはいつも以上に深い皺が刻まれている。  他国の者が白の魔道士を探し回っているという報せを聞き、アンジェリカを警護するために騎士を派遣したが間に合わなかった。  《キングマウンテンクラブ》の騒動でサンプトゥンの間者と思われる大臣を捜索したところ、発見したときにはすでに口封じで殺されたあとだった。  どうやらまだまだ裏切り者がいるようだ。  身内を疑うことほど神経を擦り減らすことはない。  ジョナサンは気を落ち着かせるように眉間をもんだ。 「国外に出られては手出しが難しいぞ」 「なぜこちらにいる間に無理にでも手をうたなかったんだ」 「この際あちらの味方になるくらいなら排除したほうがいいのでは」 「馬鹿者! 我が国の恩人にそのような仕打ちができるはずなかろう!」 「けれどもブラックドラゴンを操る者となれば厄介ですぞ」 「ではブラックドラゴンだけでも……」 「私が助け出しに行きます」  大臣達の話を聞いていたクリスが勢いよく立ち上がり、ざわめいていた会議室がしんと静まった。 「ほう、どうやって?」  口を開いた王の言葉は重い。 「真っ向から向かったところで、こちらの思惑はあちらに知れている。お前が行ったところでたいして状況は変わらんぞ」 「彼女を、私の妻として迎えに行くのです」  クリスの言葉にどよめきが走った。壁に背をもたれかけていたウォルターもギョッとして背を浮かす。 「あの者は罪人ですぞ!」 「妃になど到底できません!」 「いえ、彼女は罪人ではありません」  強い意志が込められたまっすぐな目でクリスは周囲を見回した。 「彼女がおこしたという事件を探ったところ、不振な点はあるものの彼女が無罪であるという確たる証拠はでてこなかった」  慎重な聞き込みも功を成さず、当時のことを正直に語る者はいなかった。 「けれども、証拠に繋がるものは思わぬところから見つかった。《キングマウンテンクラブ》の件で間諜だった大臣の屋敷からだ」  クリスがそばに控えていた騎士に目で合図をすると、騎士は1枚の紙を差し出した。それを受け取り、クリスは紙面が全員に見えるように向けた。 「これは、アンジェリカ嬢が危害を加えたというモーリーン・シュレイバー公爵令嬢の父親が間諜に宛てた手紙です。これには、毒薬を入手してほしいという旨が書かれています。  記載されている日付けがアンジェリカ嬢が投獄された日と一致しており、事件のすぐあとにアンジェリカ嬢に追い討ちをかけるために注文したものと思われます。  さらにその数日後にはアンジェリカ嬢が使用人を使って毒入りの菓子をモーリーン公爵令嬢に贈り、それを食べたシュレイバー公爵家の使用人が死亡するという事件が起こりました。  間諜が仕入れた毒の出処を探り、シュレイバー公爵家で使われた毒の記録と成分を比べたところ、合致したのです。  我らが恩人のアンジェリカ嬢は、シュレイバー家の者に嵌められ罪人に仕立てあげられた被害者で間違いありません」 「なんと非道な……!」 「たった1人の令嬢に何故そのようなことを」  アンジェリカに対するシュレイバー親子の仕打ちに大臣達がざわめく。  目を見張って聞いていたウォルターは、握り締めた拳を震わせていた。  やってもいない罪を背負わされ、本来なら足を踏み入れることもなかった世界へと彼女は叩き落とされたのだ。  なのにあいつは恨み言ひとつ言わないで、“冒険者になりたかった”と言って笑った。  なりたかったんじゃなくて、なる以外の選択肢がなかっただけだろう!   嘘つきだと言ってやりたい。けれども、その質問をしたのはウォルターだ。  俺があいつに嘘を言わせたんだ。  なんて酷なことをしてしまったのかと後悔してもしきれない。彼女はウォルターに背負わせないようにと笑顔で嘘を隠した。 「アンジェリカ嬢の家族にも話を伺いました。彼らは私達の正体を知ると冷遇されていることなど語りもせず、アンジェリカ嬢の身を案じ、彼女が潔白であることを証言してくれました。  彼女は、家族を巻き込まないようにと自分を捨てろと父親に言ったそうです。そのようなことを言える人間が、国外追放になるほどの罪を犯すでしょうか。  私は彼女を救いたい。サンプトゥンにいては良いように使われて能力を搾取されるだけだ。そんな場所に彼女を置いておけない」  クリスの熱弁に、その場の全員が頷いた。ただ1人を除いて。 「助けたい気持ちはわかるがよ、アンジェリカはあんたの嫁になる気はあるのか?」  ウォルターは居住まいを正し、まっすぐにクリスを見据えた。  
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