1/10
42人が本棚に入れています
本棚に追加
/297ページ

舞雪姫は、ただ拝殿に居た。人間の形も、取っていなかった。 ただ、深い悲しみの気配だけが拝殿と本殿に満ちて、それを白妙真冬は感じ取っていた。 「―――雪御前様…」 真冬は神社の娘である。幼い頃からずっと此処にいて育ってきている―――故に薄々気づいている面もあった。 真冬は粉雪の中で、拝殿を掃除しながら思う。 ―――ゆかりが行ってしまったのだろうと思う。 真冬には分かっている。あの幻想のような風景。柚希は何の疑問も抱いていないようだったが、その趣味も相まって、あの雰囲気が変なのは分かっていた。 きっと、ゆかりは、行ってしまったのだ。どこか遠くへ。 ―――帰ってきたかと思いきや。 ほとんど、何も言わずに、さようなら。 ―――みんなで、ここで、挨拶をしたかったのに。先に遠くへ行ってしまった。お別れの微笑みだけを残して。 神様―――雪御前様は無念だと思う。真冬には、薄々分かっているのだ。それを口に出すことは、きっと今なら、許されると思っていた。 昼ではあるが、雪である―――拝殿は薄暗い。その真ん中で、真冬は正座をすると、神鏡と幣束に向かって、声を出した。 「雪御前様―――ゆかりさんは、行ってしまわれたのでしょうか」 「…」 「…それを、悲しまれているのでしょうか」 「…」 「…雪御前様、いや、舞雪様、…教えてください、どうか」 ―――返事があった。
/297ページ

最初のコメントを投稿しよう!