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「だが、わらわは一言告げておきたくての。霧夜、おぬしが何者であろうと言っておかねばならぬことがある。特にわらわの素性を把握しているようであれば、尚更に」
「…何でありましょうか」
一拍の間があった。
静かな間であった。
薄く可憐な唇が開いた。微かに震えを帯びた、祈るような声であった。
「わらわは、おぬしのこの逗留が、本当に良いものになるよう願っておる…。そのためには、―――本来このようなことは御法度なのは承知の上で、神たるわらわが力を尽くすことも、やぶさかではないほどにな。だからこそ、わらわも、こうやって客として逗留の算段を取った…」
「何の義理で…?」
霧夜はそこで口を開いた。正直予想外の言葉であったからであった。―――この神様は、正確なことは知らぬにせよ、俺が剣呑なことを考えていることくらい、恐らく悟っているだろう。
それにも関わらずこの言葉。
舞雪は微笑んだ。
泣きそうな微笑みが、―――こんな状況なのに、何よりも美しいと、音無霧夜は思ってしまった。
その時の彼女の表情が、―――ずっと忘れられないものになるなんて、霧夜は思ってもいなかった。
「…霧夜。おぬしが、この三郷温泉郷、最後の客であるからに、他ならないからであろう…?」
美しい絶句を部屋に満たして、神様は微笑んでいた。
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