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レトルトカレーが引き上げられた後には今度は冷凍ご飯の湯煎の番で、今晩のゆかりはカレーである。だがゆかりといえば早速カフェラテを頂きますの態勢であった。
「お兄ちゃんの美味しい…」
「工夫も何もないが」
「美味しい…」
笑顔だった。泣きそうな笑顔がランタンの下で花開いていた。霧夜は目を逸らしていた。昨日の晩と同じだった―――この子は、俺の作ったものを、美味しいと言ってくれるのである。
小紫もソファーの背に腰掛けて、コーヒーカップを片手に微笑んでいた。
「でも、音無さんは、本当にお優しい。ゆかりが珈琲がダメだとどこで?」
「イメージだ」
「正解ですね」
小紫は笑っていた。ゆかりはこくこくと頷く。本当にその笑顔が柔らかい。三人の影がランタンの下にゆらゆらと揺れて、外はとても冷えているけれど、見通しも立たない冬だけれど―――とても柔らかい空気が其処にはあった。
「夜は風呂は行かないのか」
ご飯へカレーを注ぐゆかりへの霧夜の言葉。ゆかりはきょとんとしたが、少し考える間を持った。
「…どっちでもいいんだけど…。朝の方が、あんまり柚希や舞雪さんとも鉢合わせしないかなって。先生も来るのは夜だし」
「余り話をしたくないのか」
「…んー…」
ゆかりは難しい間だった。小紫の表情も思案げだ。
「…あんまり話したくないかな…。あの二人は、お兄ちゃんとは、違うもん」
「そうか」
「それだからこそ、音無さんはゆかりに気に入られているんでしょうね」
そこでの小紫の言葉。霧夜は疑問符を浮かべる。小紫は微笑んでいた。
「そう、そこで、『仲良くしなければ駄目だ』とか、分かったような台詞を、音無さんは、言いませんから」
「言ったって仕方があるまい」
「舞雪は強要こそしないでしょうが、そういう願いを持っています。その願いをゆかりは察してしまう」
「…」
ゆかりは答えない。ただ二人のやりとりを見つめながら、カレーをもそもそと食べ始めている。その視線は穏やかだった。
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