ティーナイト

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その香りが漂う客間。小紫は皮肉げに笑っていた。 「あの土地神は本当に…。舞雪の願いを叶えるのは音無さんやゆかりという構図なのですよ。一番舞雪への義理がないお二人なのに、良くもまあ願えたものです。音無さんもゆかりも、優しいから怒りませんが」 「それは、そうなのかも知れないな」 霧夜も珈琲を口にしながらそう口にした。静かな口調だった。だがそこには怒りもない。淡々としたものだった。立ち上る湯気をただ見つめて、薄い唇を開いた。 「…だが、その願いを理解はできる」 「ならば、音無さんや我々に、便宜を図るべきなのです」 「苦手なんだろう」 霧夜は笑った。諦念のようであり、苦笑のようであり、絶望のようでもあった。 「最後に打った策が、実体化しての交流…。しかしそれから先がない」 「…!」 だがそこで霧夜と小紫の姿勢が瞬時にこわばった。ゆかりも異変を感じ取ったが、それは二人の変化を悟ったからだった。びくんと身体がすくみあがる。 「…小紫様、お兄ちゃん、どうしたの…?」 「誰か来ましたね」 風の音にも聞こえたが―――ドアを叩く音がするのである。小紫は瞳を輝かせて警戒モードだったが、霧夜は殺気立ってはいなかった。 ただ視線を鋭くしただけで、 「この気配、朱鞠内だ」 「朱鞠内緋那…。例の女医ですね?」 「会ったことはなかったんだったか」 「未だに」 小紫の言葉。「緋那先生…」とゆかりは口にしたきりだった。戸惑いが顔にある。
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