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扉が開く音がして、くすくす笑い声がした。
「ゆかり、きちんと入らないとダメですよ?」
「小紫様」
「あ、おはようございます、小紫さん…」
「ご機嫌ようお嬢さん方。やりづらくても、堪忍して頂戴ね」
柚希と真冬の感情が一気にこわばったのが分かった。分かりやすいほどの緊張と同時に、ゆかりが安心した波動すら伝わってくるようだった。小紫が出てきたのは間違いなく牽制のためだろうと、霧夜は看破している。
聞き耳を立てるまでもなく、女風呂の会話は聞こえてくる。霧夜はただ、湯の中で黙ったままで、余計な音一つも立てなかった。
やや沈黙の間があった。ぴちゃぴちゃ音がしているのは、何なのか。ゆかりが湯で遊んでいるのかも知れなかった。
「…ねえ、ゆかり、そう言えばさ」
「…ん…?」
「何で霧夜とあんなに仲いいの?」
「…何でって言われても…」
柚希の質問。困ったようなゆかりの返答だった。
「…お兄ちゃんは、色々私に優しくしてくれるから…いや、違うかな…」
「違う?」
「うん…」
ゆかりの言葉は嫌そうではない。ただ自分の中にある大切な言葉を拾い上げて、繋ぎ合わせているような、そんな雰囲気だった。
「私の気持ちを分かって、その上で優しくしてくれる」
「だから兄と呼んでいるのですよね」
「ん」
小紫の補足。満足げな肯定の返答。巫女と若女将の沈黙があった。ゆかりはどこか謡うようだった。
「お兄ちゃんは、優しくて…強くて…だから、私がこんなに親切にして貰っていいのかなって、思うし…ただの同情じゃないとは思ってるけど…そうだったら絶対嫌だとも思ってるし…」
「あの方も、ゆかりのことは、本気で目をかけておりますよ」
「…本当にそうなのかな…」
「ええ。私が妬けるほどに…」
微笑むような、そうでないような、そんな調子。
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