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ー序Ⅱー
鬱蒼とした杉木立の中を、登山道なのかも分からないような道が下へ延々と続いている。
今年の雪はそれほどでもないせいか、道は歩ける程度にはなっていて、下へ下へと青年―――音無霧夜を導いた。
霧夜はトランクを持ち、大荷物を背負っているが、それを苦にするでもないような素振りだった。顔色一つ変えず、頑丈なワークブーツで雪の道を踏みしめて、その足は軽やかですらあった。
十分健脚の域に入ろうという足取りだったが、それでも10分を経て、霧夜の耳には無音以外が聞こえてくる。
沢の音。
道はすぐにアスファルトの舗装路と合流し、真っ赤な欄干の橋の下に、漆黒の渓流が渦巻いて流れを作っていた。
どんよりとした空の下だった。橋の向こうに建物が見えた。霧夜の足取りに迷いはない。
色褪せた観光看板が道のたもとに傾いていた。
『三郷温泉郷へようこそ』
―――音無霧夜はここに投宿して、少しの間逗留することになっている。
そう、宿にも連絡はついている。
霧夜は歩く。
道沿いに並ぶ旅館の数々は、活気というには程遠い。閉められたもの、やっていないものが大半と見えて、旅館ではない家々にも灯りはなく、うら寂しい様子だった。それでも道の両脇に雪が寄せられているのは、生活の最後の意地のようにもまた見えた。
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