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「…きちんとお見送りしたかったよ…ゆかり…。あの時はごめんね」 その瞳に涙があるのを認めて、謝罪も受け入れて、ゆかりは微笑んだ。それだけで良かった。真冬も心配そうに見つめてくる。 「きちんとお見送り出来なかったことだけが悔やまれますけど…それでも辛うじてですけど、間に合って良かったです。どうか…お気をつけて…」 その口調はどこか悲痛があった。柚希と違って、真冬は薄々気づいてそうだとゆかりは思ったけれど、口には出さない。ただ頷いて、客車の扉を開けた。ニス塗の車内を歩いて、ボックスシートに腰掛ければ、窓から見えるのは手を振る故地の友と―――恋しい兄だった。 ボックスシートの向かい側に、小紫が腰掛けてくる。その隣には、紅のとんびコートの仏様。 物珍しげに車内を見渡すゆかりに、微笑みかけてくるのは、先ほどの制帽をかぶった、ダブルボタンの少女だった。 「二度と帰らないお客のためには、こんな演出も必要なのよ」 「…あなたは…?」 「車掌をつかまつります藤乃(ふじの)―――生前あそこのお雪の従姉妹だったわ、よろしくね」 そう言って、彼女は、悪戯っぽくウインクをした。 汽笛が鳴る。客車が動き出す。窓から身を乗り出す。でも―――良かったとゆかりは思う。その気持ちが、伝わっていればいいなと思う。 あの兄の、心が、少しでも、軽くなっていて――― 少しでも、幸せになってくれるのなら。 私の、何よりの、置き土産になったのではないかと思う。 ――― 「おにいちゃん、また逢おうね」 その呟きは、雪に乗って、兄の耳に届き、―――そして霧夜の視界は、再び、白に塗りつぶされた。 汽笛の音は、はるかに遠く――― そして路は、白い空の涯てへ続いている。
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