慟哭

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永遠子は荘厳を背景に、本堂の入り口から、霧夜を見下ろしていた。 「音無さんは、気づいてしまったのですね」 「俺がゆかりを殺めたとか、そういうことではなく…」 「違いますよ。…何故、音無さんは泣いているのでしょう?」 そう問いを向けられた。霧夜は当たり前のように思う。それは、悲しいからだ―――そう、気づいた時に、思う。 「…音無さん。ただ二日三日の関係であったとしても、そこに真実(ほんとう)があったことは、音無さん自身が良く気づいていることですよ」 「俺は、彼女を…」 「そうです」 永遠子は微笑していた。 「愛していたから、悲しいのです。苦しいのです」 それを、愛別離苦という、―――そう永遠子は言った。 「ですが…先回りをしておきましょう。音無さんに、それを教えるために彼女が居ただなんて、そう決める必要もありませんよ?」 そう、彼女は、決めない者。 「決めると、苦しくなってしまいます」 「―――探せば、良いのでしょうか」 「そうしたいと、願うのであれば」 永遠子は優しい微笑みだった。霧夜は茫然として立ち尽くしていた。―――そうか、俺は、彼女を。そして、彼女も、俺を。 「そう、願っていたのでしょう、音無さん。誰かを愛することを、愛されることを。貴方もまた、―――修羅ではなく、人たりたいと願っていた」 「…」 ただ―――気づいた時には、手から零れ落ちていた真実。失った時には何もかもが遅い。本当に大切なものは、もう届かぬ遠くへ行ってしまった。 「でも、それを愛が故に見送ると決めた音無さんも、また真実」 「…」 「彼女も言いましたね?泣いていいのですよ」 永遠子の微笑みがあった。 ただ再びの慟哭があった。 その慟哭は―――波となり伝わるだろうと永遠子は知っている。 たとえ那由他の彼方であっても。世界にとっては小石一つを投げ入れたような漣であっても。その嘆きは、涙は、きっと輪廻の、本願の海の奥底まで届く。 だからこそ―――久遠寺永遠子は此処にいた。 此処に居て、問いの向こうを照らしていた。
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