ー序Ⅱー

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旅館『白神荘』は平凡な二階建ての、余り大きくない旅館であったが、そんな寂しい表通りの中で、灯りを掲げて客を迎える準備を整えていた。 それでもカウンターは無人だったので、霧夜は呼び鈴を鳴らす。しかし仲居姿の少女がすぐさま飛び出してきて、『音無様ですね!』と元気溌剌な笑顔を向けてきたので、霧夜はちょっと驚いた。 「御部屋にご案内致しますね!お荷物お持ちしましょうか?」 「いや、大丈夫です」と言おうと思った霧夜だったが、少女は仲居姿で出てくるなりもう台車を押していたので霧夜は早々に諦めていた。 少女は地毛らしい赤茶けた髪をポニーテールでまとめていて、作業用らしい薄紅色の鮫小紋に腰巻といった姿である。 霧夜はその少女が荷物満載の台車を押して廊下を進むのを、後ろから見つめていた。 ―――たぶん、俺は、この少女を目当てにきたのだが、確信がなかった。 確信を得るまでは、霧夜は何も言うことは出来なかった。ただ空調の利きが悪いのか、人がいないせいか、古いせいか、全てか、冷え込みの満ちる旅館の廊下で、ただ白くなりそうな息を小さくして、少女のポニーテールを見ているだけだった。
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