舞雪

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霧夜は岩作りの露天風呂に身を浸しながら空を仰いだ。不機嫌な空から、ちらちらと雪の欠片が舞い降りてくる。それをまんじりともせずに眺めていた。 ―――湯の流れる音、ボイラーと換気扇の僅かな音。 それ以外は無音である。深淵のような山の中にあって、湯気の満ちるだけの心地よい無音であった。心に秘めたる一物さえなければ、何と安楽な温泉旅行だったかと霧夜は一人思わなくもない。ただその黒い瞳に湯の水面を映して、顔を洗ってみれば、微かにしょっぱい湯の味がした。 ―――自分以外誰もいるとは思わなかったのに。 だからこそ、今を狙ってきたというのに―――。 だが、ここで自らの計画を御破算にする積りもなく、ただ霧夜は湯に沈んで考えを巡らす。いかにあの白い少女の目を出し抜くか―――とにもかくにも機を伺うしかないと決するのに時間は要しなかった。 あれは、考えたって仕方がない類だ。 むしろお近づきになって、油断したところに―――それが出来るほど自分が器用な人間だろうか。否、やるしかない―――この好機なのだ。 自らの頬を一発叩いて風呂を後にした。
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