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「ねぇ、水って、海って本当に凄いよね。そう思わない?」 波音が響く、静かな空気を破って口を開いた君が、こんなことを言った。 突然のことに頷くことしかできない僕に構わず、君は続ける。 「だってこの世界の水のほとんどがこの海にあって、私たちの使う水は大海の一滴に過ぎないんだよ。凄いよね。それなのに、降る雨も雪も水でできててるの。私の体も飲む水も、涙だって雲だったかもしれないんだよ。それってよく考えたら神秘的なことだよね。」 「確かにそうだよね、生命の源っていうか。」 「そうそう!」 意気投合できることが僕にとってどれだけ嬉しいか、君にはわからないよね。 でもいいの、どうかわからないでいて。 君と出会ってから、僕の目から何枚のウロコが剥がれ落ちただろう。 君との会話の中で心の奥に隠された、自分の思いに何度も気付かされ、そして浮き彫りにされた。 君は満足そうに微笑んでから、また手を動かし始める。 「ほんとに絵、上手いよね。なんか習ってたりとかしたの?」 「いや、お父さんが絵描きっていうのはあるけど。小さいころからね、旅をしてるの。絵を描いて。」 「へぇ、凄いね。」 「行きたい場所がありすぎて、お父さんは昨日も悩んでいてね。」 初めて会った時も君は、一か月くらいはここにいられるよ、絵を描いて過ごすの、と言っていた。 「私ね、いつかお父さんみたいに画家になりたいの。」 降り注ぐ日差しをめいいっぱいに受けた君は、眩しそうに言った。 君の口から発せられる音は、どれも美しい。 時々少しだけ、不思議な発音が混ざっているような気がするんだ。 その君の唇が奏でる音、吐息の混ざり具合に、僕はどうしようもなく惹かれていた。 むせ返るような炎天下の中でも、君の肌は水分を秘めていて綺麗だ。 こんなに夏の下にいるのに、なんでそんなに白いのだろう。
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