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あの日に描いて君に見せた絵は、私のひと夏の記憶でした。 大好きな、この夏の思い出です。私は今日、カナダへ戻ります。 それからはまた、次の場所に旅立つことになります。 それと、お父さんが言っていたそこには多分、海がありません。  世界にはもっと鮮烈な美しさの海が数え切れないほどあるけれど、私はこの夏の、青い海の色が好きでした。 飾り気のない君のような海。打ち寄せる波を、いつまでも眺めていられました。 きっと、これ以上に濃い夏はないのだと思います。 それも全部、君のおかげです。 大丈夫、きっとまた会いに行きます。 有名な画家になって君に見つけてもらえるようになるためにも、私は絵を描き続けます。何より、私は絵が大好きだしね。 実は私、自分の描いた絵を誰かに贈ったことはありませんでした。 なんだかちょっと、怖くてね。 でも、君ならきっと受け取ってくれるかな、って思って。 いや、それは違うかな。 私が自分で、君に持っていてほしいと思ったんです。 もしも大切にしてくれたなら私は、生まれてきた甲斐があります。 私は、記憶にするために絵を描くんです。 大切な、仕舞っておきたい思い出を。 神様はきっと、素晴らしいものを私たちに与えてくれたのだと思います。 普通にいつもみたいな口調で書きたかったのに、なんだかかしこまってしまって、ごめんね。 あの海で、またいつか会おうね。 美しく青い、君のような海で。
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