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 一度アパートに戻ると、荷物をまとめる。  衣類に、食品、化粧品に本。登山用のリュックに生活用品を詰め込んだ。  着替える気も起きず、仕事用のジャケットにブラウス、スカートのまま、サンダルをリュックに放り込と、家を出た。小田急線の下り電車に乗り込む。   私は上司に頭を下げて、金曜日に有休をもらっていた。土日と合わせれば、三連休になる。それはあの男と物理的にも心理的にも離れて、私の愛する場所でなにもかも忘れて過ごそうと計画したからだ。    小田原で乗り換えて、私を乗せた電車は海岸線をひた走り、いくつものトンネルを抜けた。季節は初夏。目に甘い緑が生い茂る駅で、私は下車する。ここは木々に囲まれ、海から隔絶された場所だ。  私は駅を出ると、丘に続く小さな階段を上り始めた。  時刻は既に二十二時を回っていた。懐中電灯を灯しても周囲は闇に沈み、階段を上りきると眼前には茂みが広がっている。  夜間に人気のない山の中をうろうろするなどはたから見たら狂気以外のなにものでもないだろうが、私は臆することなく茂みを抜けた。  途端に、視界が開ける。そこには、小さな町が広がっていた。瀟洒な邸宅が立ち並び、家々の窓から明かりがこぼれている。舗装された道には数多くの街灯が立っていて、辺りはほの明るかった。  ここに来ると、心底ほっとする。やっと深呼吸ができたような心持ちがするのだ。
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