ある寄宿学校にて

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「優弥さん、好きです。付き合ってください」  寮の入り口に足を踏み入れた瞬間、背後から声がかかった。振り返ると赤色のネクタイをしめた女子が顔を強張らせながら立ち、スカートを握りしめていた。 「無理」 横で千紘が息を呑み、両手で口を隠した。指の隙間からにやけた口元がかすかに見える。俺は女子に背を向けて、クーラーの効いた寮に入った。 「優弥〜、もっと優しくしろよ。女の子可哀想だろ」 「優しくしても、返事は変わらない」 「そうだけどさ、好きな人に冷たくされたら、彼女泣いちゃうかもよ」 「本気で好きな訳ないだろ。ただ上寮に入りたいだけだ」 「ま、そうかもね」 千紘は金色の刺繍が施された青色のネクタイを触れた。  この高校は全寮制で、『上寮』と『下寮』に分かれている。昔は一つの寮だったが、増築されて、生徒たちは2つの寮に分かれた。いくつかの渡り廊下でつながり、行き来は制限されていないが、あまり寮を移動する者はいない。  学業、部活動、課外活動、容姿、家柄を考慮した結果、高ランクの者は上寮(新寮)に、低ランクの者は下寮(旧寮)に入ることになる。つまり、ヒエラルキーが高い人間が優遇されている。上寮には冷暖房、家電、セキュリティ対策、温泉といった設備がある一方で、下寮は雨漏りに悩まされているらしい。   また、寮のヒエラルキーはクラスのヒエラルキーに対応しているが、下寮の人間も上寮のお気に入りになれば、ヒエラルキーの高い位置に立つことができる。今回告白してきた彼女もを狙っているのだろう。 「でも優弥は顔も国宝級で、成績優秀、家柄もいいから普通にモテてるだけだと思うけど」 「上寮の人間は大半そうだろ」 「俺たちは別格」 ウインクする千紘を鼻で笑う。彼は害のなさそうな笑みを浮かべてヘラヘラしている割に中身は癖があり、結構なナルシストだ。  寮のホールでは何人もの人が落ち着き、談笑していた。俺たちもソファに腰をかけると、遠くからキンキンとした声が響いた。 「花菱くん」 四角い顔の男が汗を拭きながら、近寄ってきた。上寮の証である青いネクタイをしていた。俺は助けを求めて、千紘の耳元で囁く。 「……誰?」 「岩下だよ。同じクラスの」 答えに頷いて、岩下を見上げると彼は苦笑いを浮かべている。聞こえてしまっていたかもしれない。 「あの……体育会の競技のことで相談があって。リレーに出てもらえないかなって」 岩下は汗で額にへばりついた髪を触った。俺が眉を寄せると、焦ったように手を振り乱す。 「嫌ならいいんだ。ごめんね」 「別に嫌ではない。ただ他に適任がいると思っただけだ」 「お!よかったね。優弥、リレーOKだって」 まだ引き受けていないのに、千紘の言葉に岩下ら何度も頷いた。断る気もなかったが、もう断れない。俺はソファにもたれた。  千紘と岩下が話しているのをただただ聞いていると、落ち着いた雰囲気だったホールが少しざわめき出し、千紘や岩下の動きが止まった。渡り廊下から、下寮から人が入ってきたのだ。
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