ある寄宿学校にて

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「そういえば転校生が来るって言ってた」 千紘が俺に耳打ちする。人当たりのいい彼は、学校の事柄を何でも知っていた。転校生(と千紘が言っていた人)は寮監に連れられて、寮を案内されているようだ。入学時等、どちらの寮に入るか決まる前は上下両方ともの説明を受けるのが通例だった。上寮への期待を寄せた挙句、夢破れて絶望に落ちた人間も少なくない。 「あの子は下寮だろうね」 「地味だし、鈍臭そうだから、俺たちに関係なさそうですね」 転校生の女子は黒髪を肩のあたりで切り揃え、目には覇気がなく、寮監の話を気怠げに聞いていた。相手をする寮監の方もあまり丁寧に接していないことが伝わってくる。渡り廊下の使用者にざわめいた上寮も、無関係な人物に興味を失っていった。寮監からの説明が終わると、彼女もすぐ下寮へと戻った。戻る途中で、何も無い場所で躓き、背中を丸めた姿が目に入った。 「あの子も優弥に告白してくるかな」 「は?」 「だって両方見ると、こっちの方がいいって思うでしょ」 「なら勉強して成績をあげればいいだけの話だ。俺を巻き込むのはやめてくれ」 「えぇいいじゃん。俺も彼女を寮に連れ込みたい」 下寮の人間と付き合い、自分の寮に引き入れる者もいる。それほど上寮は自由を許されていた。 「ならお前が付き合えばいい」 「俺は可愛い子が好みなんだ。優しくて」 「どうでもいい」 「優弥は?」 「興味あるか?」 「もちろん!花菱優弥の好みは学校中が興味あると思うよ」 千紘は目を輝かせた。その隣でおずおずと岩下が話しかけてくる。 「花菱くん。リレーのことなんだけど」 「あ?」 彼は体を震わせた。低い声は時に他人を怖がらせてしまう。ため息を吐いてソファから背中を離した。 「何だ?」 「リレーの順番は最後でもいいかな?」 「岩下は陸上部だから、岩下が走れば?」 千紘の言葉に岩下は首を振った。 「花菱くんに走って貰いたいんだ」 「順番はどこでも構わない」 「ありがとう。すぐ先生にリストを提出してくるよ」 岩下の後ろ姿を見送ると、千紘が笑みを浮かべて俺を見た。 「体育会、楽しみだね」 「そうか?お前はいつも楽しそうだろ」 「まぁいつでも楽しいのは否定しないかな。優弥ももっと毎日を楽しんだらいいのに。このままだと表情筋が衰えちゃうよ」 ソファに体を投げ出した彼から視線を移し、コーヒーを口に含む。俺も友人との会話やイベントが楽しくない訳ではない。ただ鬱々とした気分も感じていた。下寮の人間からしたら恵まれてているにも関わらず、何かが足りていない気がして、退屈な日々を暮らしている。
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