其の壱

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其の壱

 鏡に向かって白粉(おしろい)を塗ると、青蝶(チンディエ)の顔から痣が消えていく。 「はぁ……」  子供の頃の真っ白い肌に戻れたような気持ちになり、感嘆の声を漏らす。  目元には赤いライン、そして真っ赤な紅。自分の顔を鏡に映すと、再びため息を零した。  繚国(りょうのくに)後宮。  広大な土地の一番奥、見上げるほど高い城壁の下の小さな殿舎に、青蝶は幽居している。  とても人が住むような建物には見えない。周りは竹藪になっていて、後宮で働く誰もがその殿舎にすら気付いていない。  そんなとても後宮とは思えないような場所で、青蝶は一人黙々と仕事をこなしていた。  元々は田舎の出であるが、入宮(にゅうぐう)したのち、今では刺繍の腕を見込まれ、それを専門としている。  青蝶は針房(チムバン)であるが、実はもう一つの顔があった。  祭祀で舞踏をする踊り子である。  化粧は舞を披露する時にだけ行う。  青蝶はこの時間がとても好きだ。醜い顔から美しい別人に生まれ変わったような錯覚に陶酔する。  半顔を痣で埋め尽くされた容姿ゆえ、周りの人から『化け物』と忌み嫌われてきた。そんな悲しみを、唯一忘れられるのが痣が消えるこのひと時だ。
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