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☆ルビィと受付の男☆
遡ること一週間前。この世界でも日が昇って沈めば一日が経過する。月になぞらえ十二と三十に分けた暦、カレンダーに似たものも定着している。
「……で、ここに来たと?」
「そうなのー。この世界のことってよくわからないし、言葉が通じるの、あなたしかいないし?私、これから、どうしたらいいと思う?」
「はあ。どうしたらいいって言われても」
全世界の人が共有している『身分証明書』。何かしらの『身分証明書』を持つことで、社会に関わることができるというわけだ。そこの受付の男は顔をポリポリ掻いて後悔していた。
休憩中に元の世界の言葉で愚痴らなければ、運とノリだけで生きてきたような、内気オタクメガネ男子を見下すタイプの女に絡まれなかったのにと。
”世界の言語を翻訳するソフトにもない言語を話す女”
そんなレッテルを貼られた女性の言語は、受付の男だけ理解することができた。受付の男は大学受験で失敗し、自分の意思で前の世界から逃げてきた。身分を隠し、血のにじむ努力をしてこの地位を手に入れ、悠々自適に生きてきたというのに。
『聖女』、『勇者』、『救世主』、『特殊能力』、『チートキャラ』。
そんな異世界人はごく一部で、ほとんどの人間が命を落とすか、ひっそりと暮らしている。
彼女の行動によって、受付の男も異世界人だと知られ、こちらの世界の人が抱いている崇高な『異世界人』のイメージが、受付の男にのしかかった。
しかも、彼女は、崇高なイメージすら覆すような、なにも知らないお嬢様。
この世界のルールを知らない、ということは、まあまあ理解できる。
というか。
前の世界でのマナーすらなっていないのだ。
受付の男の顔を確認すると、入り口前で順番を待つ人を無視して、受付の男の前に並んだ。
結婚式帰りだろうか。元の世界の紺色ドレスに白いファー。真珠のネックレスを身につけた女の子は、一番端で担当していた受付に食い下がっていた。
他の受付は見て見ぬ振り。そもそも、受付の男は、仕事を完璧にこなす寡黙な人だという共通認識。彼が、相手と言い合いをする姿が新鮮で微笑ましく、温かく見守ることに。
本人が気付いていないだけで、彼の正体を全員周知しているとか、知らぬとか。
とはいえ、二人のこのやり取りも、もう随分前になる。
「ええっと」
「ルビィだって」
はあ、と受付の男はため息をついた。
「はいはい、ルビィさんですね。もう一度、言いますからね。この世界で生きていくためには、身分証明書が必要です。ギルドに入れば、ギルドの身分証明書を発行することができます。モンスターを倒せばランクも上がるし、お金もがっぽり」
クルクルの髪の毛を指に巻きつけながら、ルビィは即答。
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