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「いやいやいや。実はすごいことやってるって、わかってます?Sランクのギルドマスターを待たせたんですよ?ま、どうせ身分証明書の手続きが間に合わなかったし、契約者も一緒に届けるって言っときましたけど」
前に立った男は、ルビィの隣にドカッと座った。お堅く真面目な印象と真逆の男は、メガネを外し、ワイシャツの上ボタンを外し、整髪料で整えた頭をクシャクシャと乱した。
「まったく。どーして俺は、不幸を引き入れるんですかねえ。あんたに仕事を紹介したせいで、俺、クビですよ。合言葉を言わない住民に『特殊任務、秘密厳守』の仕事を紹介したからって。公平さがないから、だそうです。努力して就職したのに水の泡っすわ」
ふう、と、脱力して男は天を仰いだ。ルビィは頭に『?』を浮かべた。
「それ、努力のしかたを間違ったからでしょ。合わせようとしたのにって、他人のせいにしてるじゃん。妥協は必要だけど、自分に合うもの選ばないと伸びないよ。個人的な感想だけど、受付の仕事ってマニュアル通りでつまんない。私は、成長性を感じない企業に投資しない」
「ふっ。お国の仕事に成長性って」
「まあねえ。そこが、また、株を購入する時の選定基準として面白かったりするんだけど。で、この後、どうするの?」
ああ、と、受付の男は四つ折りされた用紙を肩掛けバックから取り出した。
「クビというのは表向きで『異動』です。本来なら、身分証明書無効化でモンスターの餌だから。上司が元『屈強な男たち』のメンバーで、融通してくれたのかと。まあ、今思えば、俺を監視していたんだろうね」
男は、広げた用紙をルビイに見せた。
「まあ、簡単に言うと、あんたの世話役ってこと。ルールを知らないお嬢さんがギルドに迷惑をかけないよう、最低限のマナーぐらい教えてやれってさ」
「ふうん、よかったね。私に投資すれば三倍は可能だから」
「どこがよ。ねえ、わかってる?あんた、レベルの高いモンスターを呼び寄せる囮だってこと」
ため息交じりの男に、ルビイは何か企んでいる顔をして小指を突き上げる。
「協力してくれない?協力してくれたら、刺激たっぷりの世界を提供してあげる。欲しいでしょ、刺激」
元、受付の男はゴクリと固唾を飲み込んだ。
(欲しい。平凡で安泰な生活を選んでしまう俺には、一生できないことだ。どうしようもない、刺激たっぷりの世界がルビィの傍で叶うなら)
「お願いします」
男は、小指とルビィの小指を繋ぐ。
「そうでなくちゃ。ところで、あなた、名前は?」
「ああ、トモロウです」
「……tomorrow?」
「トモロウっ。いや、もう、トモでいいです」
「じゃあ、トモ。あなたの価値を教えてよ」
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