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相手は旦那さんだろうか。この病室に入るには必ずナースステーションの前を通る必要がある。深夜の面会者を夜勤の看護師さんたちは把握しているのか。考えを巡らせているときだった。
「先生……」
甘える声で確かにそう聞こえた。私の心臓は大きく脈打った。
ここは病院だ。「先生」はたくさんいる。でも私にはそれが神河先生だとわかった。だって昼間、先生が彼女に誘われてたのを知っているから。信じられない。信じたくない。回診のときは冷静に断っていたのに、やっぱり巨乳人妻の誘惑には勝てないの?
私は両手で耳を塞いだ。それでもその声は聞こえてくる。嫌、こんなの嫌だ。先生――。
「彩?」
呼ばれてはっとすると、先生が私の顔を覗き込んでいた。
「大丈夫か? うなされてたぞ」
どうして目の前にいるの? だって今、隣の人と……。夢だったのだろうか。
「傷が痛む?」
先生はいつもと同じく白衣を羽織っている。白衣もその下に着ているシャツも乱れているなんてことはない。絶望と安堵の狭間で私はすっかり混乱してしまった。
「夢……?」
「なんだ、怖い夢でも見た?」
先生が微笑む。本当に夢だったみたいだ。先生の声に安心し、ほっとしたところで私は再び眠りについた。
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