圭と柊

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圭と柊

「おい(けい)(しゅう)はまだ寝てるのか?」  井上誠一(いのうえせいいち)は、朝食を食べ終わって新聞を読みながら、新聞の向こう側でトーストにかぶりついている息子に声をかけた。 「俺は何回も、何っ回も、起こしたよ。無理だよ。柊のやつギリギリまで絶対起きない。毎日毎日……今日はもう知らない」   「お前達は見分けがつかんほどソックリだけど、朝だけはどっちかすぐ分かるな」  誠一がそう言ってフッと笑うと、圭はちょっとムッとした。 「あいつより俺の方が計算できるし、俺の方がかっこいいじゃん」 「そうだな」  誠一は適当に相槌を打ち、すぐに新聞の政治欄へ関心を向けた。  圭はトーストの最後の一口を牛乳で流し込み、皿とコップを流しへ運ぶ。  ササッと洗った食器を水切り籠に入れながら、圭は、父親の後ろ姿に声をかけた。 「……父さん……俺、最近」 「おはよう〜」  圭が何か言いかけた時、柊が起きてきてまだ眠そうに目をこすりながら挨拶をしてきた。寝癖で髪がすごいことになっている。 「あ、圭もう制服に着替えてる!え?もう行くの?」  圭の支度がほぼ終わっているのを見て、柊は一瞬で目が覚めたようだ。   「今日は朝練ないから、遅刻したって部長に怒られないだろ?ゆっくり寝かせてやろうと思ってさ。明日からはまた叩き起こすからな」 「部長には怒られないけど、先生に怒られるよ!何で今日も起こしてくれなかったんだよ!」  理不尽な文句を言いながら、柊は顔を洗いに洗面所の方へバタバタと走っていく。 「はぁ……。行ってきます」  圭は柊の準備を待たずに玄関へ向かう。 「さっき何か言いかけなかったか?」  誠一が新聞から顔を上げて尋ねる。 「ん〜……大したことじゃ無いからやっぱりいい」 「何だ?言いかけて気になるじゃないか」 「父さん最近白髪出てきてるよ」 「なんだそんなことか」  短く返して、また新聞に視線を戻した。  圭が自宅を出てから5分後、柊が立ったまま朝食を無理矢理口に押し込んだ。  ほぼ毎日同じような光景が繰り返されている。先生に叱られるのも自業自得だと、誠一はもう叱る気もない。 「おい柊、慌てて行って事故るなよ」 「大丈夫!あっ、皿は帰ってから洗うから、置いといて!」    完全には直っていない寝ぐせのまま、柊は慌ただしく出かけて行った。    井上圭と柊は16歳。高校2年生になったばかりだ。  父親の誠一は医師で、将来は二人にも医師を目指して欲しいと考え、「勉強しろ」と以前はうるさく言っていた。しかし中学生時代の二人の成績を見て、もうとっくに諦めている。  本人達が言うには兄の圭はどちらかというと国語が苦手で、弟の柊はどちらかというと数学が苦手らしいが、父に言わせればどっちもどっちだ。入れる高校があるのかすら怪しかった。  幸い2人共、運動神経はやたらと良かったので、スポーツ推薦でバスケットボールの強豪校に入ることができた。  高校2年生になった今、勉強はそこそこに毎日バスケ部の練習に明け暮れている。    誠一は、圭にだけある首筋のほくろで見分けていた。幼いころには圭にはK、柊にはSのイニシャル入りの服を着せて、保育園や学校の先生、友達にも分かるように工夫していた。学校の制服を着た二人が並ぶと、見分けるのは父親でも至難の業だ。  本人達は結構違うところがあると思っている。  性格は圭の方がちょっと短気で怒りっぽいし、柊の方がおおらかでのんびりしている。  二人揃って身長173センチ。バスケットボール選手としてはもう少し欲しいところだが、抜群の運動神経と、双子ならではの息ぴったりでトリッキーなパス回しが重宝がられ、一年生の時からレギュラーに選ばれていた。 「オッス圭!圭だよな?おはよ!」 「おー(あきら)、おはよー。今日もでかいな」 「第一声それかよ」  そう言ってクラスメイトで同じバスケ部の五十嵐彰が笑った。  彰は身長が190センチあり、背の高いバスケ部員達の中でも一番大きい。 「俺もあと10センチ……せめて7センチ。180は欲しいな〜」  圭が彰を羨ましそうに見上げる。  前回の身体測定の時、柊の方が2ミリ身長が高かったのを事ある毎に自慢するので、次回は髪をハードスプレーでガッチリ固めて抜かそうと圭は密かに計画している。 「でも井上兄弟にスピードで勝てるやつはいないからな。良い武器持ってるじゃん」 「これでも努力してんだよ?小さいからってレギュラー奪われないように」 「何回も言うけどこないだの練習試合のパス回しマジでヤバかったな。ノールックでお前が背後に投げたやつ、ミスったのかと思ったら、もうそこに柊いるんだもん。お前らどんだけ練習してんだよ」 「フッフッフ。名付けて”ウルトラバックパスチャレンジⅡ”な。まだまだ秘密の奥義を開発中だぜ?……ってか彰、よく俺が圭って分かったな」 「朝、玄関前で走ってない方が圭」  柊の遅刻ギリギリ癖は友人達の間で有名だ。 「正解〜。あいつ、今日はさすがに間に合わないわ」 「起こしてやれよ可哀想に」 「今日は朝練ないし、ま、いっかと思って」 「まあ、先生なら部長に怒られるよりはマシかな。けど柊のクラス担任、今年から生活指導の野中じゃなかったっけ?」 「あ。そうだった」  もうちょっとしつこく起こしてやってもよかったかな、と思いかけた時、彰が圭の肩越しに目線をやった。 「お、あれ柊じゃない?」 「まさか。俺が家出る時、まだパジャマだった……」  振り返ると、すごい速さで自転車小屋へ滑り込む柊が見えた。  自転車を置いて全速力でこちらへ走ってくる。 「セーーーーーフ!!」 「マジか。柊、よく間に合ったな」  圭は本気で驚いた。 「俺、将来バスケが無理だったら競輪の選手になるわ」  柊が息を切らしながら答える。髪の毛が、風に靡いたオールバックの形でセットされていた。   「あれ、スピード違反だろ」  猛スピードで自転車を漕ぐ柊の姿を思い出して彰が笑う。 「自転車もスピード違反ってあるのか?」 「知らんけど」 「てか、あの時間に起きても間に合うってわかっちゃった」  柊の発言に、圭はキレた。 「てめーふざけんな!今日だって俺がどんだけ……!もういいわかった。朝練の時、もう起こしてやらねー」 「あっ!ウソウソ!お兄ちゃん、ごめんって!いつも頼りにしてるよ~」 「やめろウザい!汗臭い!」  クネクネとふざけて抱きついてくる柊を、圭が振り払おうとして戯れ合いながら教室へ向かった。  他のクラスメイト達も井上兄弟を見つけて笑う。 「お前ら朝からホント仲良いな」
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