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「今日部活ないじゃん?帰りにアレ、やらない?」
体育館での始業式の後。
教室へ戻る途中、柊が小走りで隣のクラスの圭を探して追いつき声をかけた。
「あー。明日から部活始まるとしばらくできなくなるもんなぁ」
「何、もしかして今日アレの動画撮るの?」
近くにいた柊のクラスメイトの渡辺が、双子の話を聞いて食いついた。
「こないだのやつはどれくらい“ヨイネ”付いた?」
「9600」
「スゲー!もうちょっとで10000“ヨイネ”じゃん!」
“ヨイネ”とは、SNSに投稿された動画に対して、視聴者が「良い」と思ったら押すボタンのことだ。
「うん。でも本当は誰かに撮ってもらいたいんだよね。2人同時に跳ぶ所とか撮れたらカッコいいし、もっと“ヨイネ”付くと思うんだけど」
「お前らについて行ければ撮ってやるけど、さすがに俺にはアレは無理だからなぁ」
「あ!じゃあさ、圭はこないだと同じように頭にカメラつけて、もう一人はちょっと引いて離れたところから撮るのどう?それ渡辺頼める?」
アレとは、パルクールのことだ。
壁を真横に蹴って走ったり、ビルとビルの間を飛び越えたりする海外の動画を見つけたのは半年前。
「俺らでもできるんじゃね?」
さすがにビルとビルの間を飛び越えたりはしないけれど(いや、実際はやろうとして、ビルの管理人さんにめちゃくちゃ怒られた)圭と柊は公園や河川敷で、遊具や階段などを使ってパルクールの真似事を軽い気持ちでやってみた。
その動画をSNSにUPしたところ、予想以上に反響があったのだ。
海外からも「ニンジャは実在するんだ!」なんてコメントをもらって調子に乗り、「忍者兄弟」のタイトルでこれまでに7本の動画をUPしている。
「そうだなぁ。お前らが走って来るところを待ち構えてるだけなら撮れると思う」
「やった!じゃあ渡辺監督頼んだぜ!後で頭に付けた映像と切り貼りして組み合わせよう」
放課後、渡辺は井上兄弟と一緒に河川敷公園へやって来た。
この河川敷は高架下が公園になっていて、ジャングルジムや鉄棒、タイヤを半分埋め込んだ跳び箱の他、バスケットゴールもある。
井上兄弟はよく学校帰りに立ち寄って、ここに設置されているバスケットゴールで練習しているという。
部活でヘトヘトになるだろうに、更に帰りにまだバスケをするなんて……。
運動があまり得意ではない渡辺は、井上兄弟を変態だと思っている。
堤防の急な坂や、折れ曲がった立体的な階段がある建物も傍にあり、高低差のあるこの場所は、パルクールのフィールドにちょうど良い。
「橋の上からそこの建物の階段に飛び移って、階段の踊り場から下のジャングルジムにジャンプするだろ?で、止まらず走ってあの鉄棒は、高い方を俺が飛び越えて、低い方は柊が潜る」
「俺、高い方が良い」
「んじゃそこは逆な。んで、タイヤの上をこう、地面に降りずに一個ずつ乗って走ってく」
「何か最後、地味じゃない?」
「じゃあ最後同時に前宙で締め。イケる?」
「OK」
圭が簡単に説明して、柊が簡単にOKした。渡辺にとってはその会話から異次元だ。
2人はルートの手摺りや足場を何度も確認して動きを決めると、スタート地点にスタンバイしてこっちに手を振る。
「渡辺監督〜準備OKでーす!」
「こっちもOK!お前らのタイミングでスタートして良いよ!」
渡辺が声をかけると、井上兄弟は顔を見合わせ、3・2・1とリズムをとり、一人ずつ飛び降りた。
階段の踊り場までは足場が狭いため、1人ずつワンテンポずらして同じ動きで跳んで走る。あまりに2人の距離が近いから、見ている方はハラハラする。前を走る方が一瞬でも体勢を崩せば2人とも怪我をしてしまう。
そんな渡辺の心配をよそに、井上兄弟は次々とアイテムをクリアして最後の前宙まで難なく決めた。
「イェーイ!チャレンジ成功!」
2人はハイタッチした後、動画をまわしていた渡辺の元へ戻り、渡辺にもハイタッチした。
「さすがだね!忍者、っていうより、動きが滑らかだから猫みたい」
渡辺が言うと、どっちかがニッと笑う。もう片方は息を切らしながら膝に手を付いて咳き込んでいた。
「何だよ圭、このくらいで疲れた?」
ということは、咳き込んでいるのは圭の方だ。
しばらく時間をかけて息を整え、頭に付けたミニカメラを外しながら圭がチッと舌打ちした。
「あのな、後ろ走る方が倍、気を遣うんだよ!お前が転んだら対応しないとダメなんだから」
「そんな心配しなくていいよ!俺、失敗しないから」
「まあいいや。渡辺、動画撮れた?」
「うん。最初にどうやって動くか教えてもらったから、結構うまく追えてると思うよ」
2人は渡辺の撮った動画を最初から見直しながら、あーでもないこーでもないと反省会を始めた。
「お前ら、いいよなぁ」
「え?渡辺なんか言った?」
思わず口をついて出た独り言が聞こえてしまった。
「いや、お前らは俺の推しだから。よかったら動画、いい感じに編集してやるよ」
「マジで!?渡辺そういうの得意なの?ありがとう!!」
抱きついてきたのはおそらくクラスメイトの柊の方だ。
渡辺は何となく2人を見分けられるような気がした。
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