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圭は、父親と救急隊の必死の心肺蘇生の甲斐あり、心拍と呼吸は回復した。
しかし2日が経過した今も意識が戻らない。
「……柊。圭の事で伝えておきたいことがあるんだが、落ち着いて聞いてくれるか?」
「何?」
「圭な……瑛美と同じだった」
「えっ?」
「お前達の母さんと同じ、心臓の病気だ」
母親の瑛美は自分達を産んですぐに亡くなった。元々心臓の弱い人だったと聞いている。
「心臓の病気……?」
「ああ……。最近、圭に変わったことはなかったか?何か……胸や背中が痛いと言っていたり、異常に息切れするとか」
言われて、柊は思い当たる節があった。
最近圭は部活での走り込みの後、咳き込むほど息を切らせることが時々あった。それを見て柊は「一生懸命やってるアピールか」とからかった。
あれは、もしかして本気で辛かったのか。
そういえば前日「忍者兄弟」の動画を撮っていた時も……。
「何で?」
「それは分からない。……遺伝の可能性は否定できないから一応お前も検査しておこうな」
「俺は別に、どこも何ともないけど」
「念の為だ。何もないならそれが分かれば良い」
「……圭、母さんと同じように……その……」
「……」
死んでしまうのか?と言葉にして聞けなかった。
「そうならないように最善を尽くす…………ただ」
「……ただ?」
「病気だけじゃなくて、怪我の方もひどくてな」
圭は今、包帯で両目ごと頭を巻かれている。
「おそらく、階段の上で発作を起こして受け身も取れなかったんだと思う。目の怪我はどの程度か、意識が戻ったら詳しく検査するが、加えて脊髄損傷が見られる」
「脊髄って……!」
「スポーツをやっているお前は、どういうことかわかるだろう?」
わかりたくない。
情報が多すぎて頭が追いつかない。
◇
「倉橋医師はお昼どれにします?うどんなら緑と赤と、黒もありますよ」
新米看護師の梶谷に尋ねられ、医師の倉橋賢人はカルテから顔を上げて眼鏡を中指で直した。
「僕は赤いのをもらおうかな」
買い置きのカップ麺の中で、倉橋は決まってうどんを選んでいる。
普通のラーメンはお湯を注いだ直後に突然呼び出されると後で食べるのが苦痛になるが、うどんならそこまで悲惨なことにはならない。
それに、甘い油揚げが単純に好みの味だ。
「井上医師の息子さん、大丈夫でしょうか?」
梶谷が心配そうに呟く。
「梶谷君の年齢だと僕らより井上医師の息子さんの方が歳が近いよね」
「はい、まあそうですね。お年寄りならいいってわけじゃないですけど、若いから尚更、辛いだろうなと思って」
「まずは意識が戻らないことにはね。大丈夫かどうかは、本人と家族が頑張るしかないけれど」
話しながら倉橋は、カップ麺の蓋をめくって中の調味袋を取り出した。まさにポットの給湯ボタンを押そうとした時、看護師長が急いでいる様子でやってきた。
「倉橋医師!501号室の井上さん、意識が戻ったようなので来てもらえますか」
「OKすぐ行くよ。お湯注ぐ前、井上息子ナイスタイミングだ」
501号室では、井上医師の息子・圭が目元に包帯が巻かれた状態でベッドに横たわっている。
「圭君、聞こえますか?聞こえたら、この手を握り返せるかな?」
担当医師の倉橋が、圭に声をかけるとしっかり握り返してきた。
「気が付いて良かった」
「誰?……ここは……どこ?」
3日ぶりの発声で、ひどく掠れている。
「ここは病院だよ。僕は、君の担当医師で倉橋といいます。圭君、君はここに運ばれてきてからずっと眠ってたんだ」
「……何も見えない」
「うん。圭君は、目に怪我を負って今は包帯でグルグル巻きだから。不安だと思うけど傷が癒えるまで我慢してね」
「怪我……なんで……」
「自宅の階段から落ちたんだけど、覚えていないかな?」
「階段……えっと…………?」
「……圭君、今、何か感じる?」
「……暗いです」
「他には?」
「……だるい」
「うん。そうだね。ずっと眠っていたから。お父さんと弟さんも随分心配していたよ。すぐ来てもらえるようにご家族に連絡するから、待っててね」
「倉橋医師!圭の意識が戻ったんですか!?」
倉橋が医局へ戻ると、伝言を聞いた井上医師とちょうど行き合った。
「井上」
そのまますぐに病室へ向かおうとするところを引き止めた。
「……いや。先ずは声を聞かせて安心させてあげなさい」
「はい。ありがとうございます」
井上医師は少し頭を下げてすぐに走って行った。
その後ろ姿を見送る倉橋の表情が曇る。
先ほど圭に声をかけた時、圭の足を少し強めにつねったが無反応だった。
◇
渡辺は、編集した動画を早く見せたくてウズウズしていたのに、翌日から2日間、井上兄弟が揃って休んでいた。
3日目の朝、ようやく登校してきたのはクラスメイトの柊ひとりだった。
「柊、どうしたんだよ2日間も、どっか行ってたのか?今日は片割れ休み?」
話しかけたが明らかにいつもと様子が違う。
帰ってくる返事は「うん」だけ。
「なんかあった?」
柊は自分からは話そうとしなかったので、昼休みに思いきって尋ねてみた。
「圭が……救急車で運ばれて……入院した」
「えっ!何で!?」
「……わからない」
「わからないって」
「色々ありすぎて何が何だか。今もまだ意識が戻ってない」
「そんな……」
話の途中で柊の携帯が鳴った。
「ごめん、病院から連絡あったから午後休む」
そう言って、柊は教室を飛び出して行った。
◇
「圭!気が付いたんだって!?」
学校から大急ぎでやって来た柊は病室へ駆け込むなり、圭のベッドへ飛びついた。
「その声、柊か?」
「……圭!……圭が喋った!俺、あのまま圭が死んじゃうかと……う……うぅ」
「え?柊、泣いてるのか?」
「泣いてないぃぃ」
「……泣いてるじゃねーか」
圭は少し笑いながら、点滴が刺さっていない方の腕を上げてウロウロと柊を探す。
柊がその手をとって握り返した。
「なあ柊、聞いてくれよ。医師と父さんが変なこと言うんだぜ?」
「変なこと?」
「俺の足、もう動かないって」
柊はハッとして、そばにいる父親と倉橋医師を振り返った。
倉橋医師は目が合うと頷いて唇を引き結んだ。
父は目を閉じて俯いている。
「そんなわけないよな?……なぁ?柊」
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