この恋が叶わないことは分かっていた。

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公園には誰もいなかった。手入れはされていないのか、そこら中に草が生えている。ブランコもすべり台もあちこちが錆びていた。私は地面から半分だけ出ているタイヤに座り込む。さっきまで波立っていた心も、少しずつ落ち着きを取り戻していた。 香織が言う通り、良介と、友達として普通に接するべきだと思う。今までみたいに、カラオケやボーリングに行って、わいわい叫んで、それで何も問題ないはずだ。 でも。 そんなふうに割り切れない自分がいた。まだ、良介を好きな自分がいる。突然に、他の女性と抱き合っている姿を見て、恋は終わりです、なんてそんな簡単なものでもない。 それじゃあ、小原さんから奪い取るか。そんな考えをする自分がおかしくして、笑ってしまいそうになる。学年一の美人相手に、私が敵うわけなんてない。ましてや、人から恋人を奪うなんて度胸も、ありはしない。ぼんやりと、地面を見つめる。何を考えても、暗くなってしまう。辛くて辛くてどうしようもない。 『もし願いが叶うならば、出会う前の二人に戻して』 ふと、ある歌詞が頭に浮かぶ。くさいセリフだとそんなことを思っていた。しかし、今なら、その歌詞の意味が分かる。過去に戻って、彼のいない世界線で生きたい。そうすれば、もう悩む必要もない。この空虚感も吹っ飛んでくれるだろう。しかし、その願いが叶うことなんて、ありはしない。私は悩まなければいけない。そして、空虚感はどこにもいかず、心の真ん中にいる。 じゃり、じゃりと、靴が砂をかみしめる音が聞こえた。私は視線を上げる。一人の男子生徒がこちらに近づいてくる。彼は、目の前で立ち止まり、私を見下ろす。 「何してんだよ。こんなところで」 良介は、いつもの優しい笑みを見せる。私はつばを飲み込む。膝に置いた手が震えた。口を開くが、何も言葉が出てくれなかった。 「最近つれないじゃん。ほら、みんなでゲーセンに行こうって言ってたの覚えてるか。『推し恋』のキャラのぬいぐるみがUFOキャッチャーで出たって」 良介は、淡々と話をしている。私は何も考えられず、良介の顔をただじっと見ていた。 「あのぬいぐるみも数量限定だっていうからさ、早めに行こうぜ」 彼がにっと笑った。そこには、何の邪心もない。子供みたいな、まっすぐで、濁り気のない表情だった。 頭の中に、色んな記憶が蘇る。席が隣になって、初めて話をした時のこと。カラオケに行って、歌が上手いって褒めてくれたこと。お土産屋でお揃いのストラップを買ったこと。やっぱり、どうしようもないくらい、良介のことが好きだ。胸の奥から、感情がこみあげてくる。 「良介」 私は一つ深呼吸をして、立ち上がる。精一杯の笑みを見せて、口を開いた。 「あんた、この前、この公園で小原さんと抱き合ってたでしょ」 「えっ」 良介の目が、二倍くらいに大きくなる。 「こんな人目のつくところであんなことをやるのはまずいなあ。まあ、遭遇したのが私だったからさ、誰にも言わなかったけど、おしゃべりな子が見たら一気に学校中に広まってたよ。あ、そうだ。良介って女心が分からないだろうから、誕プレとか何をあげれば良いか分からないでしょ。そのあたり相談に乗ってあげるからさ。いやあ、まさか良介が小原さんと付き合うなんてね、もう驚きで……」 「美香」 彼が、私の言葉をさえぎる。その目がまっすぐに、私を見ていた。 「ごめん」 たった三文字、その言葉が彼の口から発せられた。まるで、時間が止まったみたいに、世界は静かになった。私は、何も言うことができなかった。今までずっと抑えてきた感情が、心の奥深くから、にじみ出てきた。私の涙腺は耐えられず、目の前の景色が歪む。 私は地面を蹴り、その場から駆け出した。公園を出て、道路を曲がり、ひたすら走った。何人も、何人も、追い抜いて行った。道路わきの河川敷へと続く階段を駆け下り、さらに走る。ジョギング中のランナーも抜き去った。 肺が苦しい。手足に血がまわっていない。それでも足を止められなかった。何も考えたくない。全て忘れたい。自分に思考する余地も与えないくらい、足を動かした。 「あっ」 小さな段差につまずき、前のめりに転んでしまう。左肘をコンクリートに打ちつけ、痛みがはしる。 「痛い」 その場にうずくまり、腕をおさえる。心臓は、弾け飛びそうなほど激しく動いており、鼓動のたびにじんじんと肘が痛む。 徐々に痛みは引いていった。その後にやってきたのは、胸の痛みだった。頭の中をいろんなことが巡る。良介と小原さんが抱き合っていたこと、教室で良介がちやほやされていたこと、そして、さっきの謝罪。目の前の景色が、じわっとにじむ。 「良介」 小さく、うめくようにつぶやいた。胸の奥から溢れた感情がまぶたを震わせ、とめどなく涙が流れた。
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