第1話 リロン

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第1話 リロン

丸の内線の方がよかったかな… 表参道から銀座線に乗って、銀座駅まで行く。いつもはタクシーを使う距離だが、今日は電車に乗って移動をした。 銀座駅では乗り換えをするエスカレーターを使い、日比谷線のホームまで歩く。 日比谷線ホームベンチ、五人掛けシートの真ん中の椅子に座る。夕方から夜にかけてここに座ればいつも声がかかる。 と…自分は自惚れていたと、思い知る。 昨日は同じ時間に、銀座駅の銀座線ホームベンチに座っていた。この調子だと、明日はまた丸の内線のホームベンチに座ることになるのかもしれない。 リロンは少し焦ってきている。以前なら、一日に何人からも声がかかっていたが、今日は声が全くかからなかった。 「どうしたの?」「待ち合わせ?」と笑いを含む短い言葉が投げかけられ、笑いながら首を振ると「じゃあ、家にいらっしゃい」と言われる。 声をかけてくるのは年上のご婦人。旦那様はいない、もしくは海外赴任という名の別居中。そんなご婦人はリロンのような者を探している。 若くて、綺麗で、無欲な者。 実際、ひとつ先のホームベンチに座っていた同業者は声をかけられ、ご婦人と一緒に帰って行った。楽しそうであり、ホッとしたような彼の横顔を、リロンはチラッと見て確認していた。 あの後、二人が交わした会話は知っている。 「名前は?」から始まり「退屈なの」もしくは「パーティがあるの」とご婦人が切り出し、初対面の二人は楽しく会話を続けるはず。 ご婦人からの問いかけに頷き、全てを了承すれば契約が成立する。 リロンは、ダウンロードした音楽を聴こうとワイヤレスイヤホンを取り出した。音楽をシャッフル再生してみるが、音が小さく聞こえにくい。 イヤホンの充電は出来ているはず。もう一度、Bluetoothに繋ぎ直してみるが、今度は音飛びが酷い。 最近はこんなことが頻繁に起きる。そろそろイヤホンを買い換えた方がいいのだろうか。リロンはイヤホンを外し、もう一度繋ぎ直そうとすると、ベンチの隣に座った男が話しかけてきた。 「ああー、止めないで。この曲なんだっけ?」 イヤホンに気を取られていたが、どうやらスマホから音楽が流れていたようだ。 男は、ふんふんとリロンのスマホから流れる音楽に合わせて鼻歌を歌っている。 突然隣に座り、話しかけてきたその男を改めて見ると、数時間前にこのホームで目の前を通った男だとわかった。 もう随分長い時間ここに座っていたんだなと、リロンは気がつく。そろそろ最終電車の時間になってしまう。 「あっ、わかったこの曲。リル・ダークだろ。それJ.コールとの曲だな?好き?」 と言い男は歌い続けている。 好き?と聞かれたので、うん、まあ、と答えた。 「次の曲は?なんだよ」 シャッフルで流れる次の曲は何かと、隣に座る男はリロンの手元を横目で見ながら、ワクワクしているようだった。仕方がないので、スキップボタンを押し次の曲を流した。 「えっ?ブラック・アイド・ピーズ?ふっる!古くないか?ああ、Where is the Love?か…いい曲だよな。アリアナ・グランデがチャリティーコンサートで一緒にこの曲歌ってたの知ってる?俺さ、それ見に行ったよ。すごいよかったぜ。YouTubeで見てみろよあるから。あの時さ、ファレルも出てたんだぞ。ああ、ファレルは知らないか…」 「知ってる…」 「えっ?」 「ファレル知ってる」 隣に座りペラペラと喋り、歌い出している胡散臭い男につい相槌を打ってしまった。 「へぇ、マジか?若いのによく知ってるな」 次は?とまた次の曲が何かと尋ねられる。永遠に続くのかと、リロンは少しウンザリしてしまう。
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