第2話 リロン

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第2話 リロン

「ええっ!テイラー・スウィフト見たの?いいな、俺は見たことない!特別ファンってわけじゃないけどさ、一度見てみたいじゃん。だけど、彼女のチケット取れないよ、倍率高くてさ。でも、いつか見たいと思ってる」 「そうか?可愛いけどよ、俺もそこまでファンじゃないんだよなぁ。じゃあ、次の曲は?おお!イアン・ディオール!いい!お前、幅広いな。色んな音楽好きなんだな」 「うん、そう。音楽は色々好き。最近はイアン・ディオールは結構好きかな。この曲いいよね」 気がついたら胡散臭い男と話し込んで、会話が弾んでいた。 音楽の話でこんなに人と意気投合したのは初めてだ。というか、人と真剣に話し込むことは、ほぼなかったかと思い直す。 「あっ、やべ、もう終電になるぞ」 男が急にベンチから立ちあがった。現実に戻されたようだった。 銀座駅のホームベンチに座っていても、今日は誰からも声をかけられなかったかと、リロンはスマホから流れる音楽を止めた。 「お前、どこまで帰るんだ?」 「どこまでって…」 帰るところは従兄弟の家か、今お世話になっている人の家。 従兄弟の家はずっと帰ってないし、お世話になってる人の家は、契約終了と言われているから、今日明日辺りには出て行かないといけない。 そこまで考えていると言葉が出なくなってしまった。情けないけど、今の自分の身の振り方がわからない。 「あのなぁ…電車には最終電車っていうのがあるんだぞ。24時間走ってるわけじゃない。それを逃したらこの駅から締め出されるんだぜ。お前、日本に最近来たのか?泊まってるホテルどこなんだよ?迷子か?」 リロンはフランスと日本のミックスだから、見た目はフランス人に近い。だけど、この男との会話は日本語だ。それなのに何故、日本に最近来た外国人だと思われたのだろうか。 それよりもこの胡散臭い男の方が見た目は外国人だ。黒目黒髪で彫りが深い顔立ちである。だけど、話す言葉は日本語だった。 ぐ…ぐ、ぐぉぉぉ…と、リロンのお腹が盛大に鳴った。そういえば今日は何も食べていない。昼に起きて、電車に乗り、ここにずっと座っていた。自分のお腹の音が大きく響いて驚く。人と話をしたからお腹も動いたのだと思う。 「お前、いくつだ?」 「…27歳」 「へぇ、立派な成人じゃん。でも、もっと若く見えるな」 もっと若く見えるとは、今一番リロンが気にしていること。27歳よりは若く見えるが、実際の年齢はこの辺の同業者の中では最年長だった。ご婦人たちはリロンより更に若い子を求めている。 リロンの年齢になると、ご婦人たちが新しく教えることは無くなってくる。 前任者のご婦人がほぼ教育しているため、仕上がっている。 新しく教えるが無いということは、新鮮味にかけるため、人気はなくなるということ。この界隈では、リロンは既に求められない年齢に入ってきていた。 「よし、俺の店はここからちょい先の駅だから、何か食わせてやるよ。いい曲流してくれたお礼な。腹減ってるだろ?」 ペラペラと喋る男は、自らをジロウ・ロッシと名乗った。ロッシか…イタリア系だろう。 やはり外国人なんだなと思いながら、自分の名前も早川(はやかわ)リロンと素直に名乗った。 そのジロウに腕を掴まれ、リロンは最終電車に乗った。 ここからちょい先と言うが、降りる駅は6つも先だった。それでも降りた駅は高級住宅街であり、ジロウはイタリアンバルをこの街で経営しているそうだ。 「今日は定休日なんだ。だから何か作ってやるよ」と、言う。 駅を降りて、川沿いの道を少し歩き住宅街に入る手間にその店はあった。駅から近いが、定休日なので電気が消えており、寂しい感じがする。 ジロウに連れられて店の中に入ると、Baciami!と書かれているのがわかった。 「バッチャ…?」 「ああ…バーシャミだよ、この店の名前。イタリアンバルだからさ、イタリア語」 ふーんとリロンは言い、スマホでBaciamiの意味を調べてみるとイタリア語で『キスして』と出てくる。胡散臭いジロウにピッタリの名前だなと思った。 「腹減ってるだろ?昼過ぎからあそこに座ってたもんな。何も食べてないのか?えーっと、何すっかな…」 昼過ぎから銀座駅にリロンが居たと、ジロウは言う。リロンもジロウを見かけていたが、ジロウも同じようにリロンを見ていたということか。 やっぱり胡散臭いなと思った。だって、銀座駅ではリロンのことを旅行者だと思い、ジロウは『最終電車』の話をしていたはず。あの時、リロンがずっとあそこに座っていたことをわかってて、そう言ったんだなと今はわかる。 リロンはたまに男の人に誘われることがある。ジロウもそれなのだろうか。だけど、リロンにはそんな気持ちはないから、めんどくさいなと思い始めていた。 「ジロウさん?ジロウさんはさ、女好きだと思ったからちょっと安心してたんだけど。違うわけ?だとしたら、面倒くさいから帰るね」 席を立とうとするリロンはジロウに「なぁーにー?」と大きな声で聞き返される。料理をしているから聞こえにくいらしい。だから大きな声で伝え直した。キッチンからいい匂いがしてきている。 「えー?俺?女の子大好きだよ?イタリアの血が流れてるからかなぁ。可愛い子は、みーんな好き。ほら、もう出来るぞ!帰る前に食べていけよ」 「…いい匂い」 リロンが思わず口から出た言葉を聞き、ジロウは嬉しそうに笑っている。 いい匂いがするのは、カチョエペペというパスタだった。ほら、食べろよとジロウが言うので、いただきますと言いリロンは食べ始める。チーズと胡椒のシンプルなパスタで美味しい。 「もうちょっと何か作るか…俺も腹減ったからな」 ジロウは手際良く、フリッタータというオムレツのような物も出してくれた。 ビールを片手にジロウは隣の席に座り、フリッタータを摘んでいる。 リロンは夢中になりパスタを全て食べてしまっていた。お世話になるご婦人の家では家事は基本的にやる仕事としているので、リロンも洗濯、掃除は得意だ。 だけど、料理だけはやることがなかった。ご婦人たちとの食事は、ほぼ外食かシェフを家に呼ぶスタイルである。 こんな感じの店で食べるのは久しぶりだったが、今日食べたものは美味しいと感じる。やっぱり、料理人が作る物は美味しいんだなと、改めて感じた。 何か飲むか?と聞かれたので、ジロウと同じビールをもらった。最近はシャンパンばかりだったので、ビールは久しぶりで美味しかった。 「どうだ?美味かったろ?」 「美味しかった、ジロウさん腕が良いね。ご馳走様でした。でも、ジロウさん、俺には身体で払うことは出来ないよ」 リロンがそう言うとビールを飲み干したジロウが爆笑し始めた。
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