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第42話 ジロウ
フィエロ、レセプションの日。
招待したお客様は皆、花を送ってくれているようで、店の入り口にはずらっと豪華な花が並んでいた。
キッチンでは下準備を終え、後はお客様を迎え入れるだけとなっている。
フロアの方も、従業員全員がユニフォームというスーツを着用し、準備が出来ているようだった。
「じゃあ、手が空いてる人、ちょっとフロアに来てもらっていい?」
コックコート姿のジロウが、店の従業員全体に声をかけた。
「やっとここまで来れた。皆さん、ありがとうございます。この後、めちゃくちゃ忙しくなるから、まともにみんなと話が出来ないかも。だから一言だけ…とりあえず、働いてる俺らが楽しもうぜ!」
おおっ!ワアォ!と笑い声が上がり、拍手が沸き起こった。笑い声のまま皆、各自の持ち場に戻った。
さあ、これからスタートだ。
予約の時間になると、お客様が続々と来店された。少しずつ計算されたように、来店する時間がズレているのは持田とリロンの計画通りだ。
「よし!アンティパストから!」
キッチンでジロウが声をかけ、全体を動かしていく。フロアは持田と縁江、リロンに任せておく。
リストランテは久しぶりだ。オーダーを通して料理するバルではなく、コース料理メインの料理となる。各セクションのシェフがそれぞれ動いてくれている。動きに無駄がなく見ていても安心できる。
「ジロウさん、ひとりお客様で遅れてる人がいるようです。どうします?」
「支配人に確認してもらって。もう少し待つ感じになるだろうから、そのテーブルは最後にして、遅れて出そう」
リストランテではたまにあることだ。デートでの待ち合わせでも、相手が少し遅れてくることもある。
ジロウは特に気にせず、サーブする内容は、フロア支配人に任せていた。
キッチンのシェフ達みんなが楽しんで調理をしていた。待ちに待ったもんなぁと、ジロウは心の中で感慨深い気持ちとなる。
ジロウの作るメインディッシュに差し掛かる客が多くなってきた。
その後、ドルチェを出す準備も出来ている。フロア全体が上手く回っているように感じる。キッチンスタッフは余裕があるようにも感じた。
「ジロウさん」
リロンがキッチンに入ってきた。どうしたのだろうと近づき、問いかけた。
「お客様でひとり遅れてる人は、下野さんのお連れ様です。多分…あの人」
あの人と、リロンは声を潜めてジロウにだけ伝えてきた。あの人とは、下野が恋愛を拗らせている人だ。バーシャミにも下野が連れてきていた人だとすぐにわかった。
「まだ来ないか…下野さん、なんて言ってる?」
「多分、もう来ないと思うから最後まで、自分ひとり分を出して欲しいって。ジロウさんに、申し訳ないって伝えてって言われた」
「…わかった。申し訳ないことないよって伝えておいてくれ。下野さんには最高の料理を出すからって。後でフロアに行く」
少し遅れて下野の分だけスタートしている。その残りを作るために、ジロウはみんなに声をかけた。
こんなことはよくある。当日ドタキャンする人だっている。理由は色々あるんだろうな。
それに、下野だって心苦しく感じてるだろう。だから、ひとりでも楽しんで食べていってもらいたい。ジロウはそう思っていた。
ひと通りキッチンが終わり、落ち着いたため、オーナーでありメインシェフのジロウと、もうひとりのメインシェフである武蔵が、食事を終えた方々のテーブルへ行き挨拶を始める。
ジロウと武蔵はキッチンを出て、フロアに向かった。
フロアでは、スタッフのゆったりと余裕なサーブが目に入る。縁江の研修の賜物だろう。さすがだ。
目の端に下野が映る。リロンが下野と話をしているのがわかりホッとするが、待ち人は、やはり来ていない。
ジロウと武蔵で、食事もドルチェも終えた人たちのテーブルを周り挨拶をした。以前のフィエロでの常連、各業界人たち、多くの人が今日のレセプションに来てくれた。
その皆が、口々に「美味しかった」「予約を入れるよ」と言ってくれていた。テーブルを周り挨拶をしながら、時には笑い合い、砕けた話をする。
あの頃では考えられなかった。
何に追い詰められ、自由な発想をなくし、震えるような日々を送っていたんだろう。
やっと乗り越えられた気がした。これからは一緒に働くスタッフとフィエロを作っていこうと思う。
明日からはフィエロの営業がスタートする。既に予約が沢山入っていると聞いている。Wシェフとして、フィエロは新しく生まれ変わることになる。
ジロウと武蔵は各テーブルにて、丁寧に挨拶を繰り返した。
挨拶を終えたテーブルから、お客様が帰って行くのを見送る中で、入り口からリロンに案内されて、これからテーブルに向かうお客様がいた。
それは、あの人だった。
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