番外編 武蔵

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番外編 武蔵

井倉(いのくら)武蔵(むさし)。 恋人は現在募集中。 言葉で口説くタイプの愛の戦士。 ボディーランゲージも得意である。 ジロウを慕って十何年、なんと!NEWフィエロでは、Wシェフに抜擢された。 あれよあれよという間にフィエロは軌道に乗り、今はバーシャミというバルも、ジロウは再オープンさせている。 武蔵がシェフとなり、料理を作る指針はジロウだ。ニューヨークでジロウと一緒に仕事をしてからずっとそれは変わらない。 あの時から、ジロウについていこうと決めたんだ。 武蔵はジロウに『お前の作るものは繊細だ。繊細な料理は味覚が敏感になるから、人を豊かにするんだ』と言われたことがある。多分ジロウは覚えてないだろうけど。 それからずっと武蔵はジロウを慕い、その豊かな味覚を意識して料理を作っている。 そして何より、ジロウと一緒に仕事をすると楽しい。ほらな、ついてきてよかった。と、夜は毎日笑いながら寝れるんだ。 最高だろ? 今日のバーシャミは武蔵シェフの日。 武蔵と一緒にフロアを担当するのは、最近フィエロのフロアで働き始めたノエ。 ノエの生い立ちもリロンと同じだ。同じ生業をしてきている。ルーツも海外の血がミックスされている青年である。 「よーし!心配ない。大丈夫だぞ、ノエ!バーシャミはさ、バルだからササっと作れるメニューなんだよ。以前、俺はジロウさんとリロンとでここで働いててな、その時はさぁ、」 「…ふーん」 ノエは携帯をいじりながら武蔵の話を聞く。聞くというより、聞いてやってるという態度だ。 オープンまであと少し…大丈夫かな?と武蔵はノエを覗き見る。が、まっいっかと、思い直し、鼻歌を歌いながら武蔵は準備を進めた。 「リロンはさ、メニューに無いものをバンバンオーダーしてさ、大変なんだぜ。ガツンとした前菜!とか、服に跳ねても目立たないソースのやつ!とかオーダーしてさ、なんだそりゃ?って思うけど、でもそのリロンのオーダーが面白くってさ。あいつすごいよな、」 ノエの態度は気にせず、キッチンの準備をしながら武蔵は思い出話をペラペラと喋っていた。 「あのさ…武蔵さんはリロンさんのこと好きなの?無理だよ。リロンさんはジロウさんと付き合ってるでしょ?武蔵さんが入る隙なんてないよ」 ツーンとした表情は崩さず、ノエは武蔵を見上げて伝える。 「は?リロン?好き?うーん…そうだな、リロンのことは好きだけど、それはジロウさんを好きなリロンが好きなんだろうな。ジロウさんもそうだぜ、リロンのことを好きなジロウさんが俺は好き!」 親指を立ててノエにウインクをしてやった。ノエは、一瞬ポカンとした顔をしたがすぐに「変なの」と言い、ツーンとした顔に戻り背けられてしまった。 嫌われているのだろうか…いや、俺は愛の戦士だし大丈夫だろう。と、武蔵は考え直す。常に武蔵はポジティブである。 オープンと同時にお客様がワラワラと沢山入ってきた。今日も予約は沢山入っていると聞く。 ノエがお客様をテーブルに案内し、オーダーを取る姿をコッソリ、キッチンから覗き見した。 あんなツーンとした態度で大丈夫だろうかと、武蔵は若干心配していた。 だけどノエはお客様には、にこやかに笑いかけて対応している。テーブル席で笑い合ったりしているし、なーんにも問題なさそうである。 ツーンとするのは俺の前だけなんだろうかと、少しだけ考えた。まっ、それならそれでいいか!困るわけではないしと、武蔵の考えはいつも前向きである。 「武蔵さん、オーダーです。マルゲリータピザと、きのことベーコンのアヒージョ」 「はーい…って、ドリンクは?」 「ドリンクはこっちで作りますよ」 その後も淡々と進んでいった。ノエの手際は良い、オーダーもすんなり通す。客の会計も問題なし。 問題なくやれたじゃん!っと、武蔵が安心していたところに、ノエが慌ててキッチンに入ってきた。 「武蔵さん、どうしよう!君にオーダーをお任せしたいってお客様に言われました。ここは以前からお任せってオーダーすると美味しいものが出てくるって…その人が張り切って大勢連れて来ていて…」 「ふーん、それ以外は何て言ってた?」 「ガツンとしたもの出して!って言ってた…」 それは間違いなくリロンのオーダーだろう。あの頃、リロンがよく言ってたな。 ガツンとしたものって…と、武蔵は懐かしくなり、ひとりでウンウンと頷く。 「そうか…よし、やってやろうぜ!ノエ、そのお客様を見て感じたことを俺に伝えてくれ。何でもいいよ、楽しそうとか、疲れてるとか…そんなんでもいい。それと、ノエがこんな感じがこの人には必要とか、一緒にいる周りの人はこんなのが好きだとか、そんなとこからヒントくれ!」 「えっ、えっ、えーっと…その…」 ノエが焦り始めている。ツーンとした態度で、クールな感じを装ってても、不安なんだろう。 そう思い眺めていた時、ノエが、何か思い出したようにパッと武蔵の方に顔を上げた。 「あっ!今日は嬉しいことがあったみたい。あの人達の会社?かなぁ…全体が浮き足立ってる。上手くいったみたいです。お祝いしたいのかも?」 「よっしゃぁ!それだ!やるぞ、ノエ」 前菜から鮮やかで華やかなものを出した。アクアパッツァから鶏もものソテーなど、フィエロのメニューを簡単にし、少し崩したものを提供する。 案の定、客は大喜び。 大声でノエに『ありがとう!』『最高!』と言ってる声がキッチンにまで聞こえてきている。 酔ってる客らはそれを見て笑っている。みんな楽しそうである。 ほらな、やっぱり食事はひとりでは完成しないんだ。作って食べて笑えるまでが食事と呼ぶと、武蔵は思っている。それはジロウから学んだこと。 「武蔵さん!あっちの席からも同じもの食べたいってオーダー入った。だけど、鶏以外にして欲しい…あの席に鶏が苦手な人がいるから!」 「OK、任せとけよ!」 ノエのオーダーが慣れてきて、リロンに近くなってきた。何となく面白くて、武蔵はニヤニヤと笑ってしまう。 ひと通り料理が出揃うと、今度はノエ側のドリンクが滞ってしまった。武蔵もドリンクを作り、ノエと一緒にフロアに出てサーブすることにした。 昔はよく、ジロウさんがリロンのフォローをしてたなぁと懐かしくなる。 「お待たせしました〜」と武蔵がフロアに出ると「相変わらず美味いよ!」とか「ありがとな!」とお客様から声がかかる。 その度に「どーも!ありがとうございます」と言いながらフロアをサーブした。 ふとフロアの端に目を移すと、ノエがこっちを見ていたようで目が合った。 おおっ!と思い、咄嗟に手を上げて振ったら、ハッとした顔をした後、ツーンとしてまた顔を逸らされてしまった。 愛の戦士は、ノエからことごとく無視をされるようだ。 週末なので店が盛り上がり、閉店したのは深夜になる。 「あぁぁぁぁ〜疲れたぁ…途中から凄かったな。あのお客さんの後だろ?ノエのオーダーが変わってきたのは」 「すいません…ちょっと調子乗ってオーダー取ってしまいました…」 「いいって、アレを許してたのがジロウさんとリロンなんだからさ。明日以降も、毎日あんな感じのオーダー入ることになるんだぜ。他のシェフ達、大変だろうな。でもさ、楽しかったよな!リストランテでは絶対味わえない感覚だからな。あっ、腹減った?よし、オーダー聞くぞ。何がいい?」 「えっ、いや、いいですよ。もう帰らないと電車無くなるし」 「車で送ってくよ。ジロウさんがそのために車使っていいって言ってるから。じゃあ…なにかなぁ?うーん…パスタか?」 何となく…なんとなーく、さっきボンゴレを出した時にノエの顔つきが変わったような気がしたのを思い出す。 「ボンゴレに…する?」 「えっ!いいの?」 食いつき良く答えたノエのお腹が鳴った。やっぱり腹減ってるじゃん、こりゃ急いで作ってやらないと、と武蔵はキッチンで作り始める。 夢中で作ってる途中、またノエから視線を感じた。キッチンの椅子に座って武蔵の調理を見ているようだ。チラッとノエを見ると、やっぱりこちらを見ていたようで目が合う。だけどすぐに逸らされてしまった。 ツーンとするくせに、やたらと武蔵を見ているようだ。視線ってやつは感じるように出来ている。 「さっきさ、フロアで手を振ったのにさぁ、何で無視したんだよ…」 「えっ…だって…恥ずかしいじゃん。それに、変だよ店の中だよ?あんなに手を大きく振ってさ…信じらんない、待ち合わせじゃないんだからさ…」 「えーっ、恥ずかしい?そっか、じゃあどうしたらいい?これから目が合ったらどうしたらいいんだよ…ウインクする?あっそれも嫌ですか…うーん、じゃあ、こうやって親指立てるから、ノエもそうしろよ」 ウダウダと話をしているうちにパスタが出来上がった。ノエは美味そうに食べている。その顔を見ると、作り甲斐があるなぁと感じる。 ノエからの視線は感じていたが、こちらから見つめる視線は、ノエには届かないように思う。何だか隙があって面白い奴だ。 「美味い?」 「美味しい…すっごく!武蔵さんって無神経なのに料理は繊細だよね。ボンゴレ美味しい!大好き」 「おい!無神経?俺は愛の戦士だから、無神経なわけないだろ!」 「あははは、何?愛の戦士ってダサっ!」と、ノエは笑っていた。 ツーンとしてないで、こんな風に笑って、俺の作る飯を美味しいって食べてくれる人は可愛いと思う。 人生は、食事と愛だとジロウはよく言っている。食事には、人と距離を近くさせる、そんな力があるんだと改めて思う。ジロウさんもこんな思いをしたのかな。楽しいよな、人と食事をするのは。 「俺もたーべよっと…」 ノエの隣に座り、武蔵もボンゴレを食べ始めた。ノエはもうツーンとしないで笑っていてくれていた。 end
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