お知らせ

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「仮に私があなたの求婚をお受けしたとしたら どうなさるおつもり?」 アリスは純粋な好奇心に負けて 非の打ちどころのない 礼節な言葉遣いをもう失っていた なんと言って彼は切り抜けるつもりか お手並み拝見といった所だ 財産に興味が無いなどと言っておいて 矛盾が出てきたらつついてやろうと思った 「君を俺の牧場へ連れて帰る 」 彼の視線が鋭くなった 琥珀色の目が薄暗い中で狭められ輝いた アリスはその様子をなぜかうっとりと見つめた 「すぐに近くにある小高い丘の教会で 今夜にでも結婚式をあげる 心配いらない牧師は俺の同級生だ 翌日街の市役所に行って入籍する」 アリスは呆れた風に「はぁ?」と 当惑して目と口を大きく開け顔を傾けた 「披露宴もウエディングドレスもなしで? お花も飾ってもらえないのかしら?」 「君が盛大にやりたいならいくらでも金を出す でもそれは後日でいい 俺の家の離れにバラの温室がある そこは天井がガラスばりで 年中常夏の温度だ・・・ そこで世界中のバラを育てている その真ん中に俺がいつも仮眠する東屋(あずまや)がある」 クスッ・・・・ 「続けて 」 たとえ作り話だとしても アリスはその話が素敵だと思った 眼下の歌舞伎よりもロマンチックに思えた 「結婚初夜はそこでする 」 彼はアリスを見つめてハッキリ言った アリスはごくんと唾を飲んだ 熱いのはきっと目下の劇場の熱気のせいだ 「月明かりの下で 一糸まとわぬ君を崇めたい きっととんでもなく美しい 」 体がこわばり 自分が興奮しているのがわかった 彼の熱がアリスを包む 彼の存在がアリスを包む 顔の輪郭がはっきりわかる さっきからわかっていたが彼はハンサムた そしてとても魅力的な男性だ 彼の自分を見つめる視線は・・・・ アリスの心臓に胸骨を叩かせる 今やこのボックス席の空気には二人の 秘密と興奮が漂っていた 二人の間に数10センチの空間があっても 北斗の体温を感じられる気がする おそらくここを出れば二度と会えない男性なのに 「これどうやってるんだ?」 北斗はアリスのアップにした髪の毛を眺め 顔周りに可愛らしくカールして垂らしている巻き毛を 指でつまんでまっすぐ下に伸ばした 指を離したとき「ピョン」と アリスの髪がバネのように 顔周りに戻ると興味深そうに目をパチパチした 「・・・ヘアアイロンで巻いてるだけよ?」 今度は反対側の巻き毛を指でつまみ 下に引っ張って離す・・・・ なにが面白いのか何度も同じ手順で 北斗はアリスの巻き毛を下に引っ張って もてあそんでいた 彼の身体がすぐそばにあるせいで落ち着かない 自分の身体が彼にふしだらに反応している ―バレませんように― アリスは火照った頬が気付かれないよう願った 「・・・そうやって巻いた髪を全部 伸ばしてしまうおつもり? 私のヘアスタイリストの二時間の努力が 無駄になるわ 」 「鬼龍院を愛しているのか?」 本当にこの人には驚かされる これには自信を持って答えられる 「いいえ・・・これっぽっちも・・ 動物保護団体を愛しているかと 聞かれた方がマシだわ 」 アリスは再び手紙の内容を思い出して 心が痛んだ
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