chapter2 花嫁を追いかけて

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彼女に男性経験がないのは間違いなかった なので彼女が怖がらない程度にキスをした 教えてやりたいことが沢山ある 自分が最初の男になりたかった それも彼女にとって ただ一人の恋人に・・・夫に・・・ その瑞々しい体をシーツで包み込み きちんと結われた巻き毛をほどき 悦びに頬を染めるその顔を見たい しかしあの時・・・・ 最後に彼女は泣きそうな声で 「行かせてくれ」と懇願した だから彼女を・・・行かせた 鬼龍院のもとに・・・ 今ではあの選択を後悔で 身の切る思いを毎日している 彼女が拒んだ理由がわかっている 自らの欠点が憎らしい 昔から嫌だったが 今ほどそれを痛感したことはなかった 自分に鬼龍院のような美しい顔も 巧みな弁舌もない 弟の直哉(なおや)のような魅力的に 女性に誘惑の言葉をささやきかける知恵もない ああ・・・ もう一度彼女と最初の出会いをやり直したい でも何度やり直しても同じだ 残念なことに麗しい伊藤アリスは 手の届かない人物だ 初めからそうだった 星に触れることが出来ないのと同じように 彼女はまさに北斗にとっては星だ 明るく輝く星 はるか頭上にあって まともに見る事すら叶わない どうがんばっても自分のものには出来ないのだ 自分は今まで生きてきて一生懸命 欠点を克服しようとしてきたものの 今でも緊張すると時々 言葉が出てこなくて困る時がある 悪い癖だ そういう時・・・・ ひとつひとつの言葉を絞り出すのは拷問の苦しみだ 話さなければいけないと思えば思うほど 舌が上顎に張り付いて言葉が出なくなる 子供の頃5歳までしゃべらなかった自分を父は 自分の子は出来損ないだと判断した 子供の頃は「黙るな!なんとか言え!」と よく父親に折檻された 「お前みたいな出来損ないは 私の息子ではない」と・・・ そしていつも母が庇ってくれていた その母親も北斗が15歳になった春に病気で死んだ そして父は再婚し継母と暮らすために 邪魔な北斗を母屋とずいぶん離れた 東の離れに幽閉した 外に出ることは許されなかった しかしその父が8年前に死ぬと 継母は浮気相手との子供を残して蒸発した 伊藤アリスが欲しくてたまらない しかし彼女は鬼龍院と結婚するだろう 仮に自分の忠告を聞いて婚約を破棄したとて また別のふさわしい男と結婚するだろう そして北斗自身も早急に 結婚しなければいけない理由もある すっかり目が覚めた北斗は ベッドから起き上がり 全裸から黒のトレーナーと擦り切れたデニムを履いた せめて緊張しても もう少し流暢(りゅうちょう)に誰とでも 心を砕いて話せるように なれたらいいのにと思いながら・・・・
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