ちょっと待ってよ海音ちゃん

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ちょっと待ってよ海音ちゃん

「は、何?」 「だからね、仮にぼくがロボットとして考えてみて」  何故、急にロボット? 「ぼくがロボットだとしたら、夏という季節ほど苦痛なものはないのさ」 「何で?」  すると爽太(そうた)は、さも当たり前のようにメガネをくいっと上げて言う。 「だって、ロボットが海に行ってみてよ。すぐに()びるじゃないか」 「ふーん、それで?」 「だからね、ぼくは海には行けないの」 「ふーん。でもあんたロボットじゃないでしょ?」  爽太がうっと言葉を詰まらせる。 「言い訳は終わり? さっさと海行くわよ。夏休み終わるまでもう一週間もないんだから」  こいつはいっつも宿題を早く終わらせるくせに、夏休みのときに限ってはすっごい時間をかける。理由は言わずもがな。 「ちょっと待ってよ海音(うみね)ちゃん。んーと、そうだ。海音ちゃんが仮にロボ」 「私はロボットじゃないわよ」 「……」  全く、そんなに海に行くのが嫌なのか。 「あんたさ、去年もそういう変な言い訳して行けなかったんじゃない。でも今年は絶対一緒に行ってくれるって言ったよね? だから仕方なく我慢したんだけど?」 「そんな一昔前のことを覚えてるなんて、海音ちゃんは記憶力がいいね。まるでロボットみたいだ」  爽太がうんうんと腕を組みながら感慨深そうに語る。張り倒したろうか。 「言い訳はいいから早く行くわよ」  私は去年買ったちょっとおしゃれな水着を入れたカバンを持って、爽太の手を引く。学校では規定のものだからこういうときくらい、私も着てみたいんだもん。 「ちょっと待ってよ海音ちゃん。ぼくのハートはロボットみたいに繊細なんだよ。海に入ったショックでぼくの心が錆びついちゃったらどうするのさ?」 「ロボットなら感情ないんだし大丈夫じゃない?」 「ぼくは海水への耐性の話をしているんだよ」 「仮にそうだとしても、あんた人間だし、それに心まで海水は浸透しないわよ。よってあんたは海に行ける。じゃ、行くわよ」 「ちょっと待ってよ海音ちゃん」  もう、今度は何。私は爽太に振り返る。爽太の顔が少し赤くなっていた。 「……海音ちゃんの水着姿見て、誰か声かけてきたらどうすんのさ」 「……」  ……ほんとに、こいつときたら。 「あーあ、結局今年も海行けなかったなー、誰かさんのせいで」  ソファーに座りながら、せっかくこの水着で泳ぎたかったのに、と私は爽太を横目でちらっと見る。 「だから今着てるじゃない」 「泳ぎもしないのに水着っておかしいでしょ。せっかくおしゃれな水着買ったんだから、ちょっとは見せびらかしたいって気持ちもあるわよ」 「だから、今ぼくが見てるじゃない」 「……」  顔が熱い。 「海音ちゃん、顔が赤」 「うるさい!」  爽太の顔をペチンと叩く。  隣で頬を擦る爽太を見ながら、まあ一番見せたかった人には見せられたからいっかな、と思った。
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