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朝食を終えて身支度を整えると、二人で自宅を出て駅へ向かい次に会う約束をすると神村は新宿駅で下車して別れた。市ヶ谷駅に着き会社に到着して階段を上がっていきドアを開けると、社員が慌ただしく動いていたので何かあったのかと訊くと、こちらを少し睨みつける態度をとってきた。
昨日僕が作成入力をしていたものに勘定科目と会計帳簿の数字が合わないことが発生して、他の社員が再確認をしながら急いで作成し直しをしていた。
「何度も言っているけど、数字一つで取り返しのつかないことが起きてしまうのわかっていますよね。今日の業務は違う入力作業のものをやってもらうことにします」
「すみません」
朝礼後、社員が持ってきた大量の書類の目録のチェックを行なって欲しいと告げて、午前では終われなかったので昼休憩をはさんだ後その続きを行ない、次に決算書の入力作業を行ない他の社員に確認してもらいながらその日の業務は終了した。
「まだまだかかるからね。大変だけどみんなについていけるように取り組んでいってください」
箭内が僕の肩を叩いて励ましてくれた。退勤時間になり更衣室から出ようとしたら三橋が僕を待ち構えていた。今日の僕の様子が気になっていたので途中まで一緒に帰りたいと言ってきたので、会社を出てからしばらく会話をしていた。
「だいぶやつれた顔している。これ栄養ドリンク。コンビニで買ってきたから飲んでください」
「ありがとうございます。あのさ、ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど……」
「何ですか?」
「会社以外で会うの、もうやめにしたいんだ」
「もしかして彼女できたとか?」
「まあ……好きな人というか、気になる人がいるんだ」
「いいじゃないですか。良かったぁやっと新しい恋人見つかって」
「気に刺すようなことだと思っていたけど、三橋さんそこは淡白なんだね」
「新潟で色々あったしこのまま独り身でいるのかなって思っていました。でも、尾花さんの将来が良い兆しになるのなら私も応援していきます」
「お金、何とか作れそう?」
「あああれね。親に少し頼んだんです。定期的に返してくれるなら一時的に負担しても良いって。だから気にしないでください」
「もし何かあったら僕に話しても良いよ。そういうのは聞いてあげられるからさ」
「ありがとう。なんか兄貴肌みたいに感じる」
「……じゃあホーム反対だから向こうに行くね」
「はい。お疲れさまでした」
「また明日ね。お疲れさまです」
その一ヶ月後、年度末の決算が終えたところで社員たちがひと段落着き社内の慌ただしさも静まった頃、箭内が久しぶりに四谷の小料理店へ行こうと誘ってくれたので、その週の金曜日の夜にその場所を訪れた。店内に入ると店主の橘が出迎えてくれその奥から神村も出てきて挨拶をした。
「今月のお勧めはなんですか?」
「サヨリが入ってきています。昆布で締めたものです」
「じゃあそれと……あとこの豚肉とニラの肉串焼きをお願いします」
「越乃白雁があるんですね。その越淡麗もお願いします」
「そうか、それ新潟のお酒か。それも二つください」
「かしこまりました。神村さん、先に日本酒をお出ししてください」
「はい」
神村がグラスに日本酒を注ぎ込むと僕は彼女の顔を見つめそれに彼女も気づいて照れ臭そうにはにかんでいた。
「……お待たせしました。こちらの二品です」
「いただきます。……うん香ばしくていいね」
「ありがとうございます。尾花さんはいかがですか?」
「僕も好きです。酸味がちょうど良くて酒に合います」
「小耳にはさんだのですが、最近神村さんとお食事に行かれたそうで?」
「そうなんです。向こうも色々お店知っているみたいで、連れて行っていただきことがあるんです」
「もしかしてお付き合いしているとか?」
「いえ。友人として親しくしているんです」
「友人って誰が決めたんですか?」
「ああ神村さん。ほら、やっぱり違うじゃないか。いいんだよ、それ以上に親しくしているのなら堂々と言ってもいいんだよ」
「ええ、まあ……」
「尾花さん真面目な人だから口がうまく言えないところもあるんです。でも普段は優しい人柄なので一緒にいて楽しいですよ」
「良かったな。いやね、地元の事もあって今後どうするのか僕ら会社の人たちも気にしていたんだよ。でも身近に出会えた人がいて安心した。二人ともこれからはどうするんだい?」
「まだ日が浅いのでもう少し時間をかけてお付き合いしていきたいんです。彼の体調の事もあるしお互いの事もきちんと知っていきたいですしね」
「うまくいくように願っているよ。二人ともお似合いですよ」
「ありがとうございます」
「神村さんもう一つグラスを持ってきなさい」
「どなたの分ですか?」
「君だよ。三人で改めて乾杯しなさい」
「ああ……では、遠慮なくいただきます」
「僕が注ぐよ、貸して」
「……ありがとうございます。じゃあいただきます」
「乾杯!」
いつも飲む酒とは違って喉に通すと身体に澄み切るように沁み渡っていった。皆が笑顔でいる。ささやかな喜びを分かち合うことがこんなにも優しい事かと思うと、取り巻く人たちを大切にしたいと改めて感じ取った。
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