1.追憶

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妻と息子を含む市内で執り行われた合同葬が終え、四十九日が過ぎて僕は二人の遺骨を仮設住宅に持って帰り、喪服の上着とネクタイを脱ぎ扇風機を回して少しでも涼もうと畳んだ布団の上に寝転がった。 しばらくして向かいの場所に住む人が僕を訪ねてきて、仮設住宅を管理する業者が霊苑まで連れていくことができるから相談して見たらどうだと話してくれたので、着替えたあと管理所に行き担当者に話を持ちかけると、他の住宅人らと一緒に行けるのでそうしてもらいたいと言うと承諾してくれた。 一週間後、数人の人たちとワゴン車で日本海の近くにある霊苑に行き二人の遺骨を納めて、墓石に話しかけながら二人を守れなかったこと、自分だけ逃げるように生きていることを許してくれと小さく声を震わせながら合掌した。 その日は突き刺すように風が吹いていたので潮の匂いが一段と漂っていた。 深夜一時。住宅の周りが静けさを増すなか僕は枕元の照明をつけたまま遺品が入っている段ボールを眺めていた。妻の衣服や息子の履いていた小さな靴を手に取り彼らはどれだけの痛みを耐えながら息を引き取っていったのかを考えていた。 次第に胸の中に棘が喰い込むように入るのを身に感じてくると、その傷に耐えられなくなり、突発的に怒りの声を上げて壁にこぶしを突き付けた。それに反応したのか隣に住む老女がドアの前に立ち僕の名前を呼んだのでどうしたのか訊いてきた時に、彼女の姿が視界に入りどことなく母親の面影を感じて不意に涙を流していった。 「そんなに自分を責めるんじゃない」 「急に大きい物音を立ててしまってすみません」 「みんなまだ被災したばかり。色々やりきれないことも沢山あるのはわからなくもないよ。尾花さん、明日時間あるかい?」 「ええ。一応ありますが?」 「隣の長岡に被災者の人たちで作った農園の直売所がある。一緒に見に行かないかい?」 「はい、見に行きたいです」 「じゃあもう寝なさい。十時に出るからそれまでに起きて用意していなさい」 「分かりました」 翌朝、約束した時間の三十分前に老女の家を訪ね親族だという男性と一緒に車で長岡市内にある農園の直売所へ行き、賑わいを見せる人の中を歩いていくと彼女たちの親戚が営んでいる農園の伝統野菜が並んでいた。 巾着なすやゆうごう、神楽南蛮といった夏野菜が色濃く艶を出していてどれもいい顔をしていた。僕の事をあらかじめ話していたらしく彼女の親戚が無償で野菜を提供してくれた。 自宅に戻ると老女は住宅の向かいにある調理室を使い一緒に昼食の手伝いをしてくれと言ってきたのでその場所に向かい調理場で野菜を切り、下ごしらえが終わると鍋やフライパンを使い彼女は慣れた手つきで調理にかかり蒸しなすやゆうごうの煮物など数品作っていった。 「そこにタッパーがあるから取ってちょうだい」 「誰かにあげるんですか?」 「尾花さんだよ。二、三日は持つから持って帰って食べなさい」 「ありがとうございます」 「調子が戻ってきたようだね。あんた優しいし良い顔しているんだからちゃんと生きていけるよ」 「また一緒に料理したいです。僕にもっと教えてください」 「ああ良いよ。レクチャーしてあげるわね、あはは」 明るいその声に僕の心もいつの間にか晴れ晴れとしていき時間が経つにつれて仮設住宅の人たちとも交流を深めるようになっていった。 数ヶ月が経ったある日、職業安定所から帰ってきてひと休みしていると、朝から気怠さが抜けなかったので、布団を敷いてしばらく横になって休んでいた。二時間ほど経ち眠りから覚めると急激に不安な気持ちが襲い掛かるように身体にのしかかってきて呼吸が乱れていった。悪寒のように身震いが生じてなぜ自分がここに生きているのか堪らなく苦しいと心の中が訴えてきた。 三十分ほどで呼吸が整えられていったが、あまりいい予感がしなかったので隣にいる老女に声をかけてみると、内科のクリニックに行ってみたらどうだと話してきたのでとりあえず行く事にした。 数日が経ったある朝、ドアの向こうから僕の名前を呼ぶ人がいるので開けてみると、老女が先日教えたクリニックには行ってきたかと問われたが僕は何のことだかわからずに、なぜそこに行かなければならないのかと返答すると彼女は唖然としていた。すると一旦自宅に戻り身支度をしてくると言い再び自宅に来るとこれから一緒に行こうと誘われたので僕も着替えて市内にある心療内科のクリニックに向かった。 診察室に入ると医師からいくつか質問をされて、僕は自分の名前や住所、学歴や職歴を伝えていき、家族の話になると両親の事を伝えた。 すると隣に座っていた老女が僕に妻と息子がいたことを話し出すと僕は身に覚えがないと返答した。 「尾花さんには震災で亡くなった奥さんと息子さんがいたんです。あなた、何も覚えていないの?」 「震災の時は僕一人で逃げました。家族がいたというのは今初めて聞きました……」 「佐々木さんでしたよね。尾花さんとはいつからの知り合いですか?」 「半年前に仮設住宅に来てからなのでそこから知り合いになったんです」 「尾花さんはこちらの佐々木さんのお顔はわかりますか?」 「はい。隣に住んでいていつも僕に話しかけてくれています」 「恐らくですが一過性の健忘症かと思われます。次回検査を行いますのでまたお二人で来ていただくことは可能ですか?」 「はい」 「ええ、大丈夫です。先生よろしくお願いします」
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