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二週間後、佐々木という老女と一緒に紹介された医大病院へ行きMRⅠを受けた後、精神科の検査室で心理技士から僕の生い立ちやこれまでにあった出来事をひと通り話していき震災の事について話をしてきたので、なぜ仮設住宅で独りで暮らしているのかがわからずに過ごしていることを伝えていき、検査が終わって診療室に入ると医師から次のように僕の状態を話してきた。
「軽度の解離性健忘です。その中でも持続性健忘と言って新しい出来事が起こるたびに忘れていく状態を指します」
「尾花さんはその状態がずっと続いていくんでしょうか?」
「定期的に診察を受けに来て、普段の生活面はできるだけ軽作業の仕事を選んだ方がよいでしょう」
「あの……僕、税理士として会計事務所で働いていたんです。その仕事を探しているのですが、無理だという事でしょうか?」
「職業安定所の方に障害者雇用枠としてお仕事を探していくと良いですね。まずは安静にしているのが第一です。決して無理をなさらずにしていてください」
その後三か月が経ち老女が紹介してくれた農園の収穫やパッケージ詰めの作業の仕事に就きながら、その合間を縫って会計事務所で働ける場所がないか探していったが簡単には見つかることもなく、どうしようもないくらい気の遠のく思いで過ごしたある日の夜、農園のスタッフから夕食に誘われたので、そこの家に入り数人の作業員と食事をしながら会話をしていくと、一人の男性が僕にある話を持ち掛けてきた。
「俺、東京に税理士の仕事やっている知り合いがいてさ、もしよかったら話をしてみようか?」
「はい、僕東京に行きたいです。ぜひお願いします」
それから数日後自宅に電話が来て、都内に住むある男性が障害者雇用枠で募集している会計事務所があるので行ってみたらどうだと告げてきたので後日行く事を伝えると日程を調整してくれた。一週間後、僕は紹介してくれた都内の事務所を訪れて面接を受けた後その日のうちに地元に戻り、佐々木に面接で自分の事をうまく伝えることができたと話すと彼女はどこか寂し気になりながらも、うまくいくと良いねと返答してくれた。
数週間が経ち農園から帰ってきて自宅の電話に留守電のメッセージが来ていたので再生をすると、先日受けた事務所の所長から合否について話をしたいと言ってきたので翌日の午前に折り返し電話をかけてみると、改めて採用が決まった。
僕は嬉しくなりその日の夜に彼女の自宅を訪ねて上京することが決まったと伝えると、部屋に上がってくれと言ってきたので食卓台のところに座ると本当にそれでいいのかと心配しながら話してきた。
「まだ症状が出ているんだよ。本来なら地元に残って親御さんの事を探していく方が良いと思うんだがね……」
「家族の事も大事ですがまずは僕自身の事がちゃんと生計を立てていかないといけない。都内ならいくらでも病院はある。悪いようにならないために生きていきたいんです。先生も無理をしなければここから離れても大丈夫だって話してくれているし。……ちゃんと一人で生きていきたいんです」
「その意志が強いならそうしてもいい。もしもの事があったら私からも連絡するようにしたい。だからこれからも私達連絡を取っていこう」
「もちろんです。佐々木さんからも沢山世話になりましたしお礼もしたい」
「礼はいいよ。あんたの身体が一番だ。良い人と巡り会えるように自分を大事にしていきなさい」
「はい、気にかけてくれてありがとうございます」
「寂しくなるね」
「僕は寂しくないです。むしろまた本来の自分を取り戻せるチャンスだと思っています」
「そうかい?そう考えているなら良いよ。東京は色んな人がいるから本当に気をつけるんだよ」
「わかっています。あまり心配しないで。じゃあ戻りますね」
「おやすみなさい、ゆっくり休むんだよ」
「はい、おやすみなさい」
翌月、僕は仮設住宅で世話になった人たちと別れを告げて上京し、今住んでいる三鷹のアパートに引っ越しをしてきた。確かに新潟から比べると東京は人の数が多すぎてどこへいっても蟻のように忙せわしく急ぎ足で声をかけることさえ億劫になってしまう。
空の色もどこか不機嫌で常に鉛色の風が吹いているように肌に優しくない気がするのだ。時折蒼く生い茂る新潟の景色が恋しく思う事がある。日本海の佐渡島から吹いてくる心地の良い風が地元一帯を包み込み人にも優しく温情ある気持ちをもたらせてくれていた。
今はその情が甚だしく凍てつくくらいにあの頃の自分でさえ濁していくように何かに化身していく。佐々木と約束したようにこの地で本来の記憶のある自分を取り戻せるのかさえ疑心暗鬼だ。
それから三年が経ち今こうして僕はまた名前の知らない魚と出会い夜になると、部屋のドアが閉まると同時に色情に溺れ更けていくのだ。東京の魚たちはなぜこれほどまでに冷たいのか、いくら抱いても共に熱を上げてはくれずに離れていってしまう。益々自分の病を悪化させていっているような思いになる。
そして今晩もまた新たな魚が僕のところにやってきて僕の頬に胸鰭を添えて抱きしめてきたのだ。
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