2.恋心

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翌朝、ベッドの上に横たわる身体が目覚めていくと、床に置いてあるバックの中からスマートフォンと取り出して未読のメールを開いてみていたら、三橋がコンビニエンスストアで買ってきたサンドイッチと調理パンを差し出してくれた。 「簡単でごめんなさい。私あまり作らないから」 「いいよ、いただくよ。コーヒーとかってある?」 「うん。今淹れるね」 衣服を着てテーブルの上の食事を食べながら僕は昨夜彼女に何を話していたかを尋ねるとまた呆れた顔をして、僕の病や仕事の話を食事をしながらずっと話していたと返答してきた。 「今日は休みだしまだゆっくりしていってもいいですよ」 「僕さ、この話をしたらきっと怒るかもしれないと思うけど……前から言いたいことがあったんだ」 「何ですか?」 「三橋さんを抱くと温もりが一気に冷めて最後までイく感じがしないんだ」 「オーガズムが出ないってこと?」 「恐らくそうだと思う。相手の身体を手に入れたいという欲求が満たされないんだ」 「でもあれは勃起しているよね。硬くなって濡れるし私はそれに応えて挿れているよ」 「気持ちと身体がバラバラになるんだ。幽体離脱じゃないけど、膣に入れた瞬間にもう一人の自分が天井に浮き出して僕を見ているんだ」 「ええ?よくわからないよ。そんなことある?霊感があるとかじゃないですよね?」 「それはない。だけど、人間を抱いている感覚じゃないんだ」 「じゃあ尾花さんは何を抱いているの?」 「魚……」 「魚?」 「僕の脳裏や視界の中に魚が映し出されるんだ。言ってしまえば幻覚みたいな感じかな」 「それ、先生に相談してみたら?何かわかる事でもあるかもしれないですよ」 「そうだね。今度診察の時に聞いてみる」 十一時。三鷹の自宅に戻ってきていつもより全身の怠さが増しているような気がしたので部屋着に着替えた後ベッドに入って眠りについた。 二時間ほど経つと再び目を覚ましてみたが頭痛が止まらなくなったので、棚の中に入っている市販の頭痛薬を飲んでもう一度眠ろうとしたが身体がすっかり覚醒しているので起きて状態を見ようと考えた。 スマートフォンに着信が来たので開いてみると神村からメールが届いていた。また近いうちに昼食を食べに来て欲しいと書いてあったので僕は彼女の優しい声を思い出しながら返信のメールを送った。 十五時。武蔵小金井駅の向かいにあるデパートの地下に行き数日分の食材を買いに出かけ、自宅に戻ってから少し遅い昼食をとり煙草を取り出そうとすると空になっていたので近くのコンビニエンスストアへ行き(いち)カートンと缶ビールを購入してまた自宅に戻った。 数時間後、いつの間にかベッドの上に眠っていたので上体を起こすと十九時半を回っていたので直ぐに台所に立ち夕飯の支度をしているとスマートフォンが鳴ったので出てみると神村から電話が来ていた。 「突然すみません。私今日お店が休みだったです」 「そうか。ゆっくりできましたか?」 「はい。ただ誰も会っていなかったのでずっと時間を潰すようにカフェで長居していました」 「僕も今日はほとんど自宅で寝ていた。お互いに似たように過ごしていたんだね」 「そうですね、何か似ていますね」 「明日は出勤?」 「はい。予約の方が何名か入っているので多分忙しくなると思います」 「そうか。今度いつ会えそうかな?またご飯食べに行きたいなって考えていたんだ」 「三日後の水曜日が公休なのでその夜なら会えるかな。もしよかったら夕食ご一緒しませんか?」 「そうだなぁ……残業がなければ会えると思う。当日にこっちから連絡してもいいかな?」 「はい大丈夫です。残業ないように祈っています」 「そんなに会いたい?」 「はい。尾花さんに会いたいです」 「分かった。じゃあまた電話します」 夕食を済ませて浴室へ風呂に浸かり、上がった後冷蔵庫から缶ビールを取り出してテレビをつけた。適当にリモコンのボタンを押していくと、あるニュース番組の中に記憶障害を患いながら生活をしている一般人の特集が流れていたので食い入るように眺めていた。 その人は僕と似たように一部の記憶に欠陥が生じていて時々自分が何者なのかわからなくなり自殺行為が働くことに悩まされていると話していた。ただその人には同居している家族がいるので今のところは逃げ隠れするような行動を起こさないので自分と向き合って生きていきたいと語っていた。 僕には寄り添える家族がいない分、将来どのようになるのか不安になる時が多い。すぐにはパートナーが見つかるわけでもないので、結婚できるのかさえ行き先の見えない独りきりの生活が続いていくと、このままの記憶の状態で生涯を終えるのかなどと弱気な思考になることも少なくはない。 本棚の横に置いてある妻と息子の遺品を思い出してその段ボールを取り出して中を開くと、以前よりも汚れが色濃くなっていて彼女の衣服や息子の小さな靴を眺めていると地元の新潟にいた頃に息子の幼稚園での運動会の事を思い出すことができた。 アルバムを取り出して両親とともに全員で写っている写真を見ていると自然と涙が溢れてきて遺品を抱きしめては故人となった彼らにどう対して生きていこうか、この時からほんの少しの希望に灯火をつけていこうかと考えられるようになっていった。
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