3.触感と回顧

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3.触感と回顧

三鷹駅に着いて改札口を抜け住宅街をしばらく歩いていると、トイレに行きたいと言い出してきたので途中コンビニエンスストアに寄った後、再び家路を歩いてようやく自宅に着いた。 玄関で靴を脱がせた後神村はしゃがみこんでその場で眠ろうとしていたので、腕を回して足元を引きずりながらベッドの上に寝かせた。 その間に、僕は部屋着に着替えた後押し入れから毛布を取り出してソファで眠ろうとしたら、彼女が目を覚まして手招きしていたので、どうしたのか訊いてみると二人で一緒にベッドで眠りたいと言ってきた。僕は隣に座ると手を握ってきて起き上がったので、まだ酔いが抜けないから水をもらえないかと言いグラスに注いだ水を手渡すとゆっくりと飲んでいった。 「不思議な人だ」 「何がですか?」 「ここ一年の間に自宅に何人かの女性を招いたことがあって泊っていったこともあった。彼女たちは皆まるで魚のように僕に寄り添ってきては溺れさせようと身体に絡みついていくんだよ」 「欲求不満ではないじゃないですか。そんなに相手しているのならその中の一人でもいい相手が見つかりますよね?」 「いなかったよ。何も満たされずにみんな離れていった」 「快楽だけに溺れたかったとか?」 「そうだと思う。一時(いっとき)の温もりが欲しくて僕に近づいたんだと思うよ」 「尾花さんにはそれだけ魅力があるんですね。いいなぁ、私は魅力の欠片もないから彼氏に殴られたりもしていましたし……」 「それってDVだよね。どうしてすぐに別れようとしなかったの?」 「いくら叩かれても彼が愛おしかったんです。本当の悪意を持って私といたんじゃない。彼もまた恵まれない環境で育っていった人だったから私が面倒を見ないといけないって気を張っていた。でもそれは違っていました」 「相手に殺意はあった?」 「もしかしたらどこかで抱いていたかもしれません。やられる前に逃げるように別れたので……」 「これからまた会ったらどうする気なの?」 「最悪警察には相談しようと……ごめんなさい、もうだいぶ眠くなってきたから尾花さん隣に入ってきて……」 僕は彼女の顔を覆うように手で触れるとしばらく見つめ合った後、目を閉じたので唇にキスをした。身体を抱きしめると、いつか交わした初恋の相手の無垢な香りに似ているような気がして、故郷の新潟の海を思い出していた。 「ごめん。なんか掛け違えたことをしているような気がしている」 「本当はあなたも私の事考えていたんですよね?」 「うん、そうだよ。身寄りがいなくてその上元彼に追われているって聞いたから……できるなら、その過去を僕が拭ってやりたいと思うようになっているんだ」 彼女は僕を見つめて身体を倒していき、このまま抱いてもいいと言ってきた。僕は衣服の上から胸元を弄るように顔を埋めて、彼女から発する柔らかな熱を感じ取りまたしばらく抱きついて身を動かないように、昔の自分を思い出そうと追想していた。 「何も考えないでこのまま脱がせて……」 神村がそういうと僕は上着の衣服を捲し上げて、深く息を吸っては吐きながらその肌にある性感帯を見つけ出そうと胸や腹、スカートの上から下半身の窪みに顔を埋めては、確かめるように背中のフックを外し下ろして、中の下着を脱がせて陰部に触れると、彼女は微弱に淫息を漏らし始めていた。 両脚を開いて(もぐ)るように身体を沈めていくと何度かのキスや互いの吐息を交わして抱き寄せると、彼女はいつしか眠りについていたので衣服を整えてあげてからその隣に抱えるように僕も一緒に眠りについて、一人の女性の優美を感じながら一夜を共にしていった。 僕はここにいる意味を見つけ出そうとしている。いつ振りかは思い出せないがベッドのシーツがアイロンをかけた時にあがる蒸気のように立ち込めた後に瞬時に冷めていくあの感覚に近いように乾いている。いつ振りか思い出せないが、僕は確かに一人の女性を人間としてちゃんと抱いているのだった。 翌朝の六時。陽の光が弱い冬暁(ふゆあかつき)の居心地の良い空気の中に包まれて目を覚ますと、何か香ばしい香りが漂っていたので起き上がると、台所に神村が立って朝食の支度をしていた。 「おはようございます。勝手に台所使ったんだけど、良かったらご飯食べましょう」 顔を洗った後テーブルの前に座ると、味噌汁や白飯と惣菜が並び、早速箸をつけて食べると、以前店で食べたまかないの味に似ている気がして思わず微笑んでしまった。 「相変わらず美味しそうに食べる。本当そこは素直ですよね」 「そうかな。まあそこが自分の取り柄かもしれないな」 彼女は笑ってくれた。いつの頃からか二人が恋仲になっているなんてそれほど強い意識もなかったが今の僕の様態を理解しようとしている彼女の身にもなって考えると、寄り添える伴侶が一人でも多くいてくれるのなら彼女をきちんと受け止めてあげようとも意識していけるようになったのもこのころからだった。 僕はこの時から、これまで出会った魚たちに別れを告げる決心を持つようになった。
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