咲きかけの蕾

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 達夫は澄み渡る青い空が広がる中で、武家屋敷を散策していた。何気ない日常生活の中で、達夫に何かを与えてくれた。一人の少女が柿の木の上に登っており、達夫は気になったため彼女に声をかけた。 「君、木の上に登って何をしているの。制服のスカート中が見えているよ」    少女は驚きを隠せなかったようだ。決して短いスカートではなかったが、足の周囲を隠しながら青年に訴えかけた。 「もう、恥ずかしい、見ていたのですか。柿を取っていました。いやらしいじゃないですか」 「いや、見えたんだよ、仕方ないだろ」 「普通は見ないでしょ。目を閉じるはずですよ」 「ごめん、見えてしまったんだよ」 「もう、嫌らしい」 「ごめん、ごめん」  そう言いながら柿の木から少女は降りた。頬がほんのり赤い少女と戸惑う達夫だった。二人の何気ない出会いであったのだ。 「柿は取れたのかな」 「はい」 「一個ほしいな」 「あげません、嫌らしい人にはあげません」  少女は怒りながらも恥ずかし気にそう言った。 「仕方ないだろ。見えたんだから」 「普通はすぐ目を閉じるでしょ」 「だいたい、どうしてスカートで登るの?普通はズボンで登るだろう」 「じゃあ、仕方ありません。一個だけあげます」 「ありがとう」  他愛もない会話の中に小さな世界があったのだ、それがこの話の幕開けであった。 「ガジ」  柿を噛む音が恥ずかし気に響く。 「渋柿じゃないか……」 「え、そうですか?」 「食べてみてごらん」 「はい、え、本当ですね……」 「君は女学生なのかな?」 「はい、もしかして兵隊さんですか?」 「ああ、そうだよ、見ればわかるだろう」 「そうだったのですね、ごめんなさい。でもあなたこそ見ればわかるでしょう」 「そうだね、僕の方が悪かった」 「ちょっと待って下さいね」  どうやら、少女はこの町の女学生のようだ。恥ずかしさを隠せない様子であり、僕も同じ気持ちであった。少女はその場をしばらく離れた後に、僕に話しかけた。 「家から持ってきました。この柿を食べて下さい」 「今度の柿は甘いね」 「そうでしょ」 「僕は達夫というんだけど、君の名は?」 「小百合といいます」  二人の何気ない出会いであった。 「小百合という花の名前のようで、美しい響きだね」 「もう、恥ずかしいことばっかり言わないでください。そうやって、みんなに言っているのでしょ」 「いや、そんなことはないよ。僕ってロマンティストかな」  照れ隠しとはこのようなことを言うのだろうか。 「そういう事にしておきます。あ、ごめんなさい。兵隊さんにこんな失礼なことを言って」 「気にしなくていいよ。小百合さん」 「兵隊さんの中でも特攻兵の方ではないですか?」 「ああ、そうだよ」 「特攻兵の方には優しくするよう、そう、先生に言われているのにごめんなさい」 「いや、気にしないで。僕が悪いから」 達夫はこのまま、別れるのが名残惜しかったのだ。 「よかったら、散歩しないかな」 「私でいいのですか」 「もちろんだよ。小百合さん」 「やっぱり、恥ずかしいです。近所の人から見られてしまいます」 「スカートの中をみせるくらいだから平気だよ。」 「もう、恥ずかしいことを言わないで下さい。」 「大丈夫、行こう。」 「あ、手をつなぐのですか?」 「そうだよ。小百合さん」 「やっぱり恥ずかしいです……」 「大丈夫だよ」 「達夫さん。やっぱり、みんな見ています。大丈夫ではありません。この町は  狭いですからすぐ噂になります」 「わかった、手を放すから行こう」 「はい」 「小百合さんは兄妹はいるのかな?」 「いえ、私が一人娘です。病気の父と体の弱い母と三人で暮らしています」 「そうなんだね。それは寂しくて辛いね」 「はい。女学校でもいろいろあります」 「それはどうして?」 「それは……」 「まあ、いいよ。言いにくい事はいわなくて」 「はい」  そこには恥じらう少女と達夫がいた。少女はこれから起こりうる苦難を、この時は知らなかったのだ。 「やっぱり恥ずかしいです。帰ります」 「気にしなくていいよ。また会いたいな」 「機会があれば、是非。でも恥ずかしいです」 「大丈夫だよ。また会えることを期待しているよ」 「はい」  達夫はこの出来事への想いにかられた。  きれいな子だったな、また、会えるといいな。 柿は甘かった。君のような優しい声の中に、僕は何かを見つけたような気がする。渋柿にならなければいいけれど、そうならなければいいな。  達夫の上官として佐々木中尉がいた。偶然にも同じ年ではあったが、弟の様に達夫を可愛がってくれた。 「上杉君、君は東北から来たんだね」 「はい、そうです」 「僕も青森からなんだ。なんだかふるさとが恋しくてね。そんな事を言ったら、上官として失格だね。僕達はこの国を守るためにきたのだから。」 「そうですね、佐々木中尉。僕達が日本を守らないといけないですね」 「そうだよ、達夫」 「はい」 複雑な想いは達夫を襲う。  お母さん、僕は恋しいよ。でもそう思ったらいけなんだ。でも、みんなそう思っているんじゃないかな。ふるさとか、もう帰れない。帰れないんだよ。 多感な頃ではあったが、彼らの進む道であった。しかし、生きては帰れないという立場を理解せずにはいられなかったのだった。
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