陽だまりの中で

1/2
前へ
/19ページ
次へ

陽だまりの中で

 町の基地の近くに女学校があり、当時は特攻兵の身の回りのお世話を行っていた。彼女たちは、多くの特攻兵が若いこともあり親しくなることも多く、中には恋愛感情もあったかもしれない。小百合は今日から、特攻兵のお世話をする事になったのだ。男性との関わりが無かったので不安はあったが、少しだけのときめきはあったのだろう。  小百合は恐る恐る兵舎に入り、自己紹介をすることになった。 「今日から兵舎での当番をすることになりました、小百合といいます」 「あ、そういえば、小百合さんじゃない」 「達夫さんですね。昨日は失礼しました」    緊張していた小百合の表情が明るくなった。 「ごめんなさい、勝手に名前で呼んでしまいました」 「ああ、気にしなくていいよ。僕は上杉達夫、階級は少尉だけど達夫でいいから」 「いえ、そんな言い方をしたら先生に叱られます」 「いいんだよ、気にしなくて、君が今日から当番なの」 「はい」 「もしかして、僕の下着とか洗ってくれるのかな」 「はい」  再会という言葉は、二人のことが羨ましかっただろう。それは、これから起こる出来事が起こり得ないように思えたのだった。そこに、佐々木中尉が話しを割ってきた。 「君は可愛いな。達夫と知り合いなのか?」 「いえ、昨日ばったり会ったばかりです」 「そうですよ、佐々木中尉、実は小百合さんの……」  達夫は小百合との出会いの話をし始めたが、小百合はそれを遮るように懇願した。 「いえ、言わないでください」 「はははは、わかったよ」 「恥ずかしいです」 「そうか、俺のパンツは臭いけどいいか」 「はい、大丈夫です、佐々木中尉」 「ありがとう、小百合さん」  でも、本当に恥ずかしいのは佐々木中尉だったのだ。そこには、それを隠すような笑顔が舞っていた。 「佐々木中尉、可哀そうじゃないですか」 「はははは」  佐々木はからかうように、小百合に話しかけた。 「小百合さん、俺の恋人になってくれないか。君は恋人はいるのかな」 「いえ、そういう人はいません」 「だったら、いいじゃないか」 「いえ、学校で特攻兵の方とのお付き合いは禁止されています」 「そうか、それは残念だな」 「そうですよ、佐々木中尉、女学生をからかったら駄目ですよ」 「そうだな、今日からよろしく頼む」 「はい、一生懸命に頑張ります。佐々木中尉」 「俺は、少し散歩でもしてくるか。達夫とでも仲良くしていろ」 「中尉、待って下さい」  小百合は、達夫と二人きりになるのが恥ずかしかったのだ。優しさが風になっていく。達夫と小百合は兵舎の中で話し始めた。 「行ってしまったね」 「はい、そうですね。佐々木中尉に何か申し訳ないことをしました」 「そんなことはないよ。気にしすぎだよ。そういえば学校の帰りなのかな」 「はい、帰りにピアノを教えていただいてから、こちらに来ました」 「そうなんだね。実は僕もピアノを習っていたんだよ」  偶然であった、何かが二人を寄せているのかもしれなかった。 「そうなんですね。私はピアノをまだ習い始めてまもなくて、ブルグミュラーという作曲家の曲を練習しています」 「ブルグミュラーはいいね。さほど、難しくはないかもしれないけど美しい曲が多いね」 「今は、ブルグミュラーのゴンドラの船頭歌という曲を練習しています」 「ああ、知っているよ。僕もこれでも以前弾いたことがあったんだよ」 「あの曲は僕も好きだよ。優しい曲だよね。今度一緒に弾こう」 「はい」 「約束だよ」 「はい」
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加