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陽だまりの中で
町の基地の近くに女学校があり、当時は特攻兵の身の回りのお世話を行っていた。彼女たちは、多くの特攻兵が若いこともあり親しくなることも多く、中には恋愛感情もあったかもしれない。小百合は今日から、特攻兵のお世話をする事になったのだ。男性との関わりが無かったので不安はあったが、少しだけのときめきはあったのだろう。
小百合は恐る恐る兵舎に入り、自己紹介をすることになった。
「今日から兵舎での当番をすることになりました、小百合といいます」
「あ、そういえば、小百合さんじゃない」
「達夫さんですね。昨日は失礼しました」
緊張していた小百合の表情が明るくなった。
「ごめんなさい、勝手に名前で呼んでしまいました」
「ああ、気にしなくていいよ。僕は上杉達夫、階級は少尉だけど達夫でいいから」
「いえ、そんな言い方をしたら先生に叱られます」
「いいんだよ、気にしなくて、君が今日から当番なの」
「はい」
「もしかして、僕の下着とか洗ってくれるのかな」
「はい」
再会という言葉は、二人のことが羨ましかっただろう。それは、これから起こる出来事が起こり得ないように思えたのだった。そこに、佐々木中尉が話しを割ってきた。
「君は可愛いな。達夫と知り合いなのか?」
「いえ、昨日ばったり会ったばかりです」
「そうですよ、佐々木中尉、実は小百合さんの……」
達夫は小百合との出会いの話をし始めたが、小百合はそれを遮るように懇願した。
「いえ、言わないでください」
「はははは、わかったよ」
「恥ずかしいです」
「そうか、俺のパンツは臭いけどいいか」
「はい、大丈夫です、佐々木中尉」
「ありがとう、小百合さん」
でも、本当に恥ずかしいのは佐々木中尉だったのだ。そこには、それを隠すような笑顔が舞っていた。
「佐々木中尉、可哀そうじゃないですか」
「はははは」
佐々木はからかうように、小百合に話しかけた。
「小百合さん、俺の恋人になってくれないか。君は恋人はいるのかな」
「いえ、そういう人はいません」
「だったら、いいじゃないか」
「いえ、学校で特攻兵の方とのお付き合いは禁止されています」
「そうか、それは残念だな」
「そうですよ、佐々木中尉、女学生をからかったら駄目ですよ」
「そうだな、今日からよろしく頼む」
「はい、一生懸命に頑張ります。佐々木中尉」
「俺は、少し散歩でもしてくるか。達夫とでも仲良くしていろ」
「中尉、待って下さい」
小百合は、達夫と二人きりになるのが恥ずかしかったのだ。優しさが風になっていく。達夫と小百合は兵舎の中で話し始めた。
「行ってしまったね」
「はい、そうですね。佐々木中尉に何か申し訳ないことをしました」
「そんなことはないよ。気にしすぎだよ。そういえば学校の帰りなのかな」
「はい、帰りにピアノを教えていただいてから、こちらに来ました」
「そうなんだね。実は僕もピアノを習っていたんだよ」
偶然であった、何かが二人を寄せているのかもしれなかった。
「そうなんですね。私はピアノをまだ習い始めてまもなくて、ブルグミュラーという作曲家の曲を練習しています」
「ブルグミュラーはいいね。さほど、難しくはないかもしれないけど美しい曲が多いね」
「今は、ブルグミュラーのゴンドラの船頭歌という曲を練習しています」
「ああ、知っているよ。僕もこれでも以前弾いたことがあったんだよ」
「あの曲は僕も好きだよ。優しい曲だよね。今度一緒に弾こう」
「はい」
「約束だよ」
「はい」
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