さようなら、今年の夏

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「もうすぐ夏が終わっちゃうね」  草原に寝そべりながら彼女はそう言った。  その隣で僕も寝そべりながら「そうだね」とつぶやく。  手をつないで仰向けに寝転がる僕らの目の前には、満天の星空が広がっている。  さわさわと頬を撫でる夜風が心地いい。 「秋が来るね」  まだ肌寒いとは程遠いけれど、涼しい夜風を受けて彼女はぶるると肩を震わせていた。  僕はその身体をそっと抱き寄せ、指を絡ませる。  彼女の温かな吐息が胸にかかった。 「ねえ。今年の夏はどうだった?」  彼女は僕の身体にもたれかかりながらそう尋ねてきた。 「今年の夏は暑かったよ」 「暑かった? 去年より?」 「うん、去年より」 「ふふふ、ごめんね」  笑いながら謝る彼女。  謝りながらもどこか嬉しそうだ。 「あとは?」と聞いてくる彼女に、僕は答えた。 「あとは……幸せだった」 「よかった」 「君は?」 「私も……幸せでした」  そう言って首筋にキスをしてくる彼女の顔は、どこか寂しげで、儚げで、そして綺麗だった。 「ねえ、来年も会えるかな?」 「もちろん。私が見つけるわ」 「見つけられる?」 「大丈夫よ。だって私、“夏の精霊”だもの」 「そっか。そうだよね。日本のどこにいたって、夏が来れば君に見つけてもらえるもんね」 「正確には、私が来るから夏になるんだけどね」  “夏の精霊”である彼女。  やって来るタイミングはその年によってバラバラだけど、彼女が来たら日本は一気に「夏」になる。  でも、きっと誰にも信じてもらえないだろう。  そんな“夏の精霊”が僕に恋してるだなんて。  毎年、嬉しそうに楽しそうにやってくる彼女。  僕も僕で、そんな彼女が待ち遠しくてたまらない。  ぶっちゃけ、離れ離れにはなりたくない。一年中「夏」でいてほしいくらいだ。  けれど、それは自然の法則に反することらしい。  だから今年も、彼女は夏の間だけ僕の側にいて、秋になると帰ると言っていた。  そして、それはもうじきやってくる。  僕にはそれがたまらなく寂しかった。 「また来年、会おうね」 「うん」 「できれば、来年はもう少し気温を下げてくれると嬉しいんだけど」 「ふふふ、それは無理よ。夏の気温は私の体温と連動してるんだもの」 「え、そうなの?」 「もう、気づかなかったの? 年々暑くなっていくのは、私の気持ちの表れだったのに。……バカ」  顔を赤く染める彼女に合わせるかのように、一気に夜の気温が高くなる。  そうか。  いくら部屋のクーラーの温度を下げても暑かったのはそのせいだったのか。 「もしかしたら、僕は日本中の人たちの敵かもね」 「今年の夏は暑かったものね」  否定することなく嬉しそうに笑う彼女。  来年はもっと暑いかもしれない。  そんなことを思いながら、僕ははにかむ彼女の唇に唇を重ねた。  さようなら、今年の夏──……。  
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