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息子の日記を読み終える
【9月19日<水> 俺がオオシロに会ったのは高校2年生になってから。それより前のオオシロを俺は知らない。オオシロは自分のことを話したがらないから、俺はオオシロのことをあまり知らない。バスケ部の同級生の数名にオオシロのことを聞いてみた。オオシロは高校1年の2学期に転校してきたそうだ。前の学校のことは知らないと言っていた。オオシロとはそこまで長い付き合いではなかったらしい】
【9月20日<木> またオオシロの家に行った。家の中には誰にもいなかった。この前侵入した時にドアにチラシを挟んできた。チラシがそのままだから、前回俺が侵入してから誰も中には入っていない。この前は気付かなかったけど、オオシロの家の床には日本語ではない本が何冊も転がっていた。英語、中国語、他にも何種類かあったが何語で書いてあるのか俺には分からなかった。オオシロはどこにいった?】
私はオオシロの安否をとても心配している。できるなら今すぐ息子に電話して確認したい。
オオシロは何かの事件に巻き込まれている。外国の書物が床に散乱していたとすると・・・オオシロの家族は外国のスパイか? そして、公安に追われて姿を隠した。
似たような展開を映画で見たことがある。ショーン・コネリーが初代を演じ、歴代俳優に引き継がれているスパイ映画。当時の私はMI6に就職するために英語の勉強をしたものだ。私の話は関係ないな・・・
私は日記の次のページをめくる。
【9月29日<金> 今日もオオシロが学校に来ていなかった。このままオオシロと会えなくなるのか?】
【10月16日<月> あいかわらずオオシロは学校に来ない。誰もオオシロの話をしなくなった。みんなオオシロのことを忘れてしまったのか?】
【11月3日<金> オオシロがいなくなってから2カ月が過ぎた。オオシロの行方はまだ分からない。正直、これ以上どうやって調べればいいか分からない。困った】
オオシロは失踪したまま見つからない。私は失踪した人間を探す手段を考えてみる。
失踪した人間は住民票を異動させないし、失踪した人間は引っ越しの手紙を送ってこない。何かの書類から居場所を特定するのは難しい。探偵を雇うにしても、それなりに金が掛る。
それに、この時の息子は高校生だ。高校生ができることは限られる。
オオシロは無事だったのだろうか?
その後、日記は1~2カ月ごとに更新されていたが、オオシロが見つかったとの記載は出てこなかった。私は息子の日記を読み終えた。
他人の日記を勝手に読んでいる罪悪感は私から消え去った。今はただ、オオシロの安否だけを心配している。
息子の日記を読み終わった私は、会計をして帰路についた。
自宅に戻った私は妻が入浴している隙を見計らって、日記を息子の部屋に返した。
私はすぐにでも息子に電話して、オオシロの安否を確認したい気持ちでいっぱいだった。
私が日記を勝手に読んだことを謝れば、息子はオオシロの安否を教えてくれるだろうか?
***
それから数日が経ち、息子が婚約者を家に連れてきた。妻から聞いていたが、彼女は今オランダに住んでいるそうだ。息子が彼女とどこでどうやって知り合ったのかは聞いていない。
彼女は私を見るとまず「王瑶(ワン ヨウ)と申します」と自己紹介した。私も合わせて「博の父の神成善太郎です」と彼女に自己紹介した。
自己紹介が終わると、息子が王との関係を簡単に説明してくれた。王と初めて会ったのは高校2年生のとき、その時に交際していたらしい。その後、王は両親と一緒に米国に渡り、5年ほど前からオランダで住むようになった。息子が王と再会したのは、数年前に仕事でオランダに出張したときらしい。息子が宿泊していたアムステルダムのホテルでバッタリ再開した。
――彼女がオオシロだ・・・
私は確信している。オオシロは生きていた。私は胸を撫で下ろした。
しかし、私が彼女を「オオシロ」と呼ぶと日記を読んだことがバレてしまう。気を付けなければ。
私は妻の方を見た。妻も息子と婚約者が高校時代からの付き合いだと知らなかったのだろう。驚いた顔をしている。
私は日記を見たことを気付かれないために、オオシロに「王さんのお仕事は?」と質問した。すると、オオシロは「不動産関係の会社をしています」と答えた。
「息子と高校時代に付き合っていたということは〇〇高校に通っていたのかな?」と私が尋ねると、「短い間でしたが〇〇高校に通っていました。博さんとはその時に知り合いました」とオオシロは答える。
続いて私は日記を読んでいて気になっていたことを確認することにした。オオシロが無事だったことは確認できた。次は一緒に失踪した家族の安否だ。
私は慎重に言葉を選んでオオシロに確認することにする。
私は「ご家族はお元気ですか?」とオオシロに質問した。一般的な質問だ。ただ、この聞き方だと以前から家族のことを知っているように聞こえなくもない。不自然ではなかったか?
私の心配をよそにオオシロは「家族は全員元気です」と答えた。
妻もいろいろと聞きたかったようだ。博に質問を始めた。
「20年以上経っていたのに、お互いによく分かったわね?」
「顔立ちは変わっていなかったからね。それと、昔俺が買ったイヤリングを彼女がしていたんだ。だから、すぐに分かったよ」
「イヤリングかー。王さんは今持っているの?」妻はオオシロに尋ねる。
「これがそうです!」
オオシロはそう言うと耳にしていたイヤリングを指さした。
「20年前に買ったのに・・・新品みたいね。とても屋台で買ったとは思えないわ」
――屋台で買った・・・
ということは、妻も息子の日記を読んでいた。
妻は失言に気付いていない。が、息子は気付いたようだ。ニヤニヤしながら妻を見ている。
妻だけ悪者にするのはどうか・・・、そう思った私は覚悟を決めた。
「オオシロさんの両親は、こっちの結婚式には参加できるの?」
「もちろん参加します。日本に来るのを楽しみにしていました」
私がチラッと見たら、息子は私の方を見て笑っていた。
<おわり>
【補足】
名前、年齢、性別などは架空の設定ですが、登場人物は六四天安門事件の後、日本に帰化した知人をモデルにしました。登場人物の年齢を変更したため、事件からの経過年数とつじつまが合いませんが、ご了承ください。
また、この話は当時の社会背景を基にしていますが、政治的思想について言及することを意図したものではありません。
なお、中国人が日本に帰化する場合、中国名が「王」だった人は「大城」や「大友」を苗字にする場合が多いようです。
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