食卓

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食卓

マイバックには、ミッフィーの絵柄が施されていて、これは私がポイントを貯めて手に入れた戦利品の様なものだ。 「お前は年甲斐もなく…」 「いいの」 「そういうの、ポイ活ってんだろ?」 「知らない」 「そう、ニュースくらい見なきゃ」 夫は色々言っていたど、好きなものは好き。 だから仕方ない。 それに、年甲斐ってどういう事? おばさんなんだから、 「それ相応の身だしなみや、言動を心がけなさい」 と、でも言いたいの? なら、あなたも大人らしく、 「いい加減、お前呼ばわりするのはやめたら?」 いつか言ってやりたい言葉を、私はいつも噛み殺している。 何故だろう? 私は最近、過去の夫からの言動ばかりを思い返しては、淋しくなったり怒ったりを繰り返している。 恋愛中には見つけられなかった、ほんのちいさなほころびが、私の理性を責め立てる。 結婚したら恋愛じゃなくなる。 だけど、そんなのは虚しいから、必死で私なりの幸せを見つけようと必死だった。 アンティークラジオもそう。 洗濯物を物干し竿にいっぱいに掛ける安堵感も、食事の準備やお揃いの湯飲みやお茶碗だってそう。 入浴剤にこだわるのも、綺麗な肌でいたいのも、お化粧や可愛い下着だって、全ては幸せを感じていたいからであって、そこに年甲斐なんて存在はしていない。 そんな事を考えながら、私はマイバックを片手にスーパーの食品売り場を歩き回っていた。 前までは、献立を考えるのも楽しい仕事だったのに。 「おいしい」 と、言ってくれていたのは恋愛中 ー 結婚してからはその台詞は激減した。 私が料理をするのは、それを待っている人がいるからで、味や見た目よりも作る過程が大好きなのだ。 自惚れかも知れない。 しかし、それがなくなってしまったら、私は何の為にご飯を作るのだろう? すき焼きは関西風。 味噌汁は赤味噌。 ご飯は十八穀米。 お茶はカリガネ茶。 夫婦でやっと見つけたわが家の味も、時にはひとりぼっちで食べる日もある。 仕事の付き合いで、呑む機会が増える年末は特にそうだ。 夫は元々アルコールが弱いから、帰宅するとすぐに眠ってしまう。 ベットはひとつしかないから、私は申し訳なさそうに夫の隣に忍び込む。 あんなに好きだった彼の体臭、髪の毛の手触り、温かすぎる体温、骨張った腕や肩。 今ではそれに触れる悦びも無くなってしまった。 ベッドがもうひとつ欲しい… キスをしなくなったのはいつの頃からだろう? セックスをしなくなって、いったいどのくらい経ったのだろう? とはいえ、夫と愛し合う行為すら想像出来なくなっていく時間の流れは、私にとっては残酷だった。 今日の献立は、まだ決まっていない。
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