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金曜日の夜
「美咲さんって、僕は綺麗だなって思いますよ。てか、20代だと思ってたし、びっくりですよ」
SNSのグループで知り合った彼は、私よりも10歳年下で、昨年大学を卒業して、IT関連の会社に勤めているのだという。
週休2日で年収600万円。
彼女はいない。
趣味はソロキャンプ。
話をしていくうちに、年上が好みだということが判る。
「僕は年下には興味ないんですよね。幼いっていうか、話が合わないっていうか。やっぱりオトナの女性は魅力的ですよ」
昨日の夕方から夫は出張で、北海道へ旅立ってしまった。
戻って来るのは月曜日だから、私は思い切って、前からアプローチされていた彼と会うことにした。
ハンドルネームは、
『教授』
私は、
『ミサキ』
と、名乗っていた。
イングリッシュパブで軽く飲むつもりが、思いのほか話が弾んで、私は少し酔ってしまった。
緊張していた所為もある。
浮気をしている背徳感と、先行きを推測している高揚感。
私は愚かなだろうか…
教授の話が、事実であろうが嘘であろうが構わなかった。
所詮、ネットの世界は嘘だらけ。
私だって既婚者という事実は隠している。
というよりも、一切触れたくはない。
「美咲さん、もう一杯飲まれますか?」
教授の問いかけに、私は笑って頷いた。
こうして、異性として見てくれる人がいる感覚が久方ぶりで、私は内心嬉しかった。
「魅力的ですよ」
とか、
「綺麗ですね」
言葉たちが、薄っぺらな現実を忘れさせてくれた。
「終電まで、まだ大丈夫ですか?」
教授は、私の顔を覗き込む様に言った。
こうして見るとなかなかのイケメンだ。
ちょっと童顔だけど、くっきりとした瞳。
白目はほんのりとブルーがかっていて健康的。
夫とは大違い。
サラサラの髪の毛は栗色。
私はその髪を、クシャクシャにしたい衝動にかられていた。
「あと15分くらいかな。もう一杯飲んだら出なきゃね」
どうして正直に答えてしまったのだろう。
それは、一線を越える勇気が持てないから。
もうひとつは、自分に自信がないからだろう。
教授は。
「ええーっ」
と、不満気な顔をした。
その表情も可愛かった。
23時。
店を出ると外は小雪が舞っていた。
教授は駅まで送りますと言ってくれた。
近道の四季の小道を歩きながら、他愛もない話をして、街路樹にハラハラと散る小雪を素通りした時に、教授の手が私の身体を包み込んだ。
「美咲さんって、なんか頼りないですよね。ぎゅっとしただけで折れてしまいそう」
チラチラと鬱陶しい街灯の下、教授は力強く私を抱きしめてくれた。
イケメンの顔がゆっくりと近付いて、互いの唇が触れそうになった時、私は反射的に顔を背けた。
教授はにっこりと笑って、何事も無かった様に再び歩き始めた。
それでも手は繋いだままでいる。
離れたくはないから…
離したくはないから…
アスファルトに落下していく小雪が、音を立てながら弾け飛んでいく。
私の心境みたいに。
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