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26 怒る兄
場面は、オスニアン変態伯、じゃなかった辺境伯家の中庭。
お昼を過ぎて午後の眩しい、それでいてさわやかな風が通る時間。庭師のトムは今年六十歳を迎えたのに元気に、いつも綺麗にこの庭を一人で管理してくれている。使用人たちも手伝うから実質一人ではないけれど、この美しい庭園を考え出すトムは天才だと思う。
最近は小さなお孫さんが可愛い手で一緒にお花を植えているのを、俺も楽しくキャッキャ言いながら一緒に植えた。そんな素敵な庭なの、ここ、わかる?
誰かが剣を持って殺気を溢れさせていい場所じゃない、俺とトムの神聖な場所。ほら見ろよ、何事かと思ってトムがこっちを見てハラハラしている、あまり驚かせるなよ、ただでさえ殿下がここにワープしてくるから毎回トムが驚いて腰を抜かすって言うじゃないか! 可哀想だろう。
そこで一番どす黒いオーラを出す、リリアンの兄が言葉を発する。
「オスニアン辺境伯よ、貴様の弟への凌辱はもう知っている。そんな奴のところに、可憐で可愛くて無垢で純粋で、可愛い最愛の弟を置いてはおけぬ。貴様がリリアンを蔑ろにするなら返してもらう! 王命だろうが必ず離縁の手続きを済ませる。もうリリアンをこれ以上好き勝手にはさせない」
可愛い二回言ったよ。真顔で言った。そして凌辱とも言った。どういうことだろうか。たちまちガリアードが慌てだした。
「小公爵様、私は妻に凌辱などしておりません。誤解です、愛しております。どうか、どうか妻を返してください」
「ガリアード様……。お兄様、大丈夫です。リリアンはガリアード様に愛されていますし、リリアンも、あ、あ、愛しております」
少し照れながら言ったら、その言葉をもう怒りが収まっているガリアードが拾った。
「リリアン嬉しいよ、私もあなたを愛してる」
あっ、ガリアードが喜んだ、良かった。兄の前でも俺たちの熱量は普段通りだった。
俺は、精一杯の上目遣いで兄の裾を握って真実を伝えた。真実と言っていいかわからないが、リリアンはガリアードを嫌いじゃないし、ガリアードは文字通りリリアンを愛している。ガリアードにはリリアンの言葉がちゃんと聞こえたみたいで、怖い顔が穏やかになったから、とりあえずこっちは解決。仕事は優先順位を考えてひとつずつ丁寧に素早く解決、これトラブル対策で重要なこと。次はリリ兄だ!
「どういうことだ? 私は見たのだよ。リリたんが、この男に、この男に、この男に、うー許せん!」
「お、お兄様ァ!?」
ああ、ダメだった。俺が止める間もなく、兄は剣を収めることなくガリアード目がけて走った。というか走るほど二人の距離は開いていない。
そこはガリアード軽くかわして兄の剣を控えめに落とした。アニメのリリ兄は、ガリアードの無防備なところに現れて不意をついて剣を見せたから、その瞬間にガリアードが刺されそうになってリリアンが咄嗟にかばったという展開だった。でも今はすべての行動は丸見えで、騎士相手に剣が入るはずもない。兄は落とされた剣を見て、悔しそうにした。
すでに俺の死亡フラグは先ほど殿下が止めに入って終わったはず、剣が落ちたら俺は刺されない。はーぁ、アニメよりも早く俺の死亡フラグ片付いて良かった。というかアニメよりリリ兄が乗り込むのが早いって、どういうことぉ!?
アニメはさ、第一王子の私兵をこっそりお借りして、夜に奇襲をかけたんだよね。今は昼、みんな楽しく過ごしているオープンな昼、そして奇襲どころかむしろ兄は捉えられて無理やり連れてこられていた。多分殿下の魔法で瞬間移動だ。
「小公爵、そこまでだよ。君を連れてきたのは状況を俺が説明するより、本人に確認したほうが早いと思ったからだ。リリアンを見ろ。やつれてもないし、むしろ前より美しくなったと思わないか? 夫に愛されている証拠だ、それに生き生きしているだろう。ここでほくほくと栄養を取って楽しく過ごしているんだよ、そうだろう? リリアン」
確かに、つやつやしている。多少夜に無理はあっても睡眠時間が削られる程じゃないし、疲れるから良く眠るし、ガリアードの雄っぱいに包まれていると安心して、爆睡。そして俺が寝落ちしてもガリアードがお風呂に入れて後ろの後始末もしてくれるから、体調もバッチグー。快眠快適性活エンジョイ中だった。適度に運動するから朝からお腹すいてたっぷりご飯も食べる、ガリアードの執務室では勝手にお菓子が口の中に入ってくるし、なんて素敵な生活でしょう。もう現実に戻れません。ここから出たくない!
「は、はい。殿下がおっしゃる通りです。僕はここに来てから毎日が楽しくて、夫に愛されて幸せいっぱいです! ですからお兄様、落ち着いてください。僕は一生ここで生きていくと決めております。お兄様には申し訳ないのですが、公爵家に帰るつもりはございません」
「リリたん! でもお兄たんは見たんだよ、リリたんの純潔が散らされた時の映像を!」
「「えっ」」
みんな驚いた。
「そこの大男に無理やりベッドに倒されて……痛いやめてって泣いて叫んで血が出るまで、あいつに無理やり犯されたのだろう?」
「え、映像、見たんですか? 言葉だけじゃなくて?」
まさか、あの鏡。しまっておいても映像を映し出せるスグレモノなのか!? それじゃあ今までの演技もバレているんじゃ!? 俺が焦ったと同時に、ジュリもリックも、もちろんガリアードも戸惑った。
「映像は途中で止まって、音声だけでずっと聞いていた。ってなんでリリが映像のこと知っているんだ?」
「あっ、そうでしたか。それは良かった」
「うん、良かった」
「ほんと良かったわ」
俺と同時にリックとジュリもホッとしたみたいで思わず声が出ていた。
「良くないわー。私のリリたんが、しくしくしくしく……ぐすんっ」
兄は泣いてしまった。いい大人なのに女々しい泣き方をする。
ワインバーグ公爵家は父、兄、リリアンと、男が美形ぞろい。そして母は実は普通顔。でも身長が低くてしぐさが可愛いし、心優しくて父に溺愛されている。リリアンだけが身長、しぐさ、可愛らしさを母から引き継いだ、美形は父の遺伝子だろう。兄は父の溺愛気質を引き継ぎ、とにかく嫁とリリアンを可愛がる。そして兄も父とそっくりな感じの美形で、金髪に、短くカットした髪と、眼鏡、青い瞳、身長は父同様高くて、顔はとにかく父が若くなった感じなので将来はイケオジ間違いない。
でも女々しい。パパリンの方がイケオジも入っているし、頼りがいもあって、真面目だし、ゼッタイかっこいい。
「ジュリぃ!」
「は、はい! アンディ様」
アンディは兄の名前、ジュリは公爵家にいたから兄とも面識はある。
「なぜ公爵家に連絡を入れなかった! お前は唯一リリアンの味方なはずだろう」
「あの、それは」
今度はジュリが怒られた。もうこの流れ疲れたよ。兄はいたって本気で弟を心配しているだけ。そして俺達はすべて芝居だって知っているから、兄の怒りが大変面倒くさい。殿下よ、なぜすべて説明してから連れてこなかった! 俺は恨めしそうに殿下を見た。
「まあまあ小公爵、全ては誤解なのだよ。ほら屋敷に入ってリリアンの話を聞こう、とにかく落ち着け、もしリリアンの話を聞いてもまだ疑わしいなら、公爵家にいったん連れて帰るといい。ただ、リリアンはここでの生活を楽しんでいるから、君は弟に相当恨まれることになると思うけどね」
殿下が兄に追い打ちをかけた。
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